軸がぶれず、コマのように高速で回転するというだけではないのです。
最も驚くべきは、
つま先から頭までが一本の軸で回っている点です!
マイケルのスピンは、バレエダンサーのピルエットとは、大きく違うんですよね!!
バレエダンサーは、ピルエットの後に目が回ってしまわないように、
回転の間、目は常にある一点を見つめ、
体が90度以上回転した段階で頭を素早く回転の方向に動かすのです。
つまり、回る軸の、首から上は、下と異なる回転をしています。
実はバレエのピルエットの動作自体はそれほど難しくないのですが、
多くの人を悩ませるのは、ピルエットのあと、目が回り、
自分がどの方向を向いているのか分からなくなってしまったり、
ふらついてしまったりするという問題です。
これを回避するためのテクニックとして、
ダンサーは、身体は回っていても、目線が捕らえる目標は
頭の中では、一定で、ちょうどカメラがシャッターを切ったような映像に見えているのです。
つまり、回っている間、同じものを見ているので、目が回らないという仕組みです。
けれども、
マイケルの場合は、
身体と頭は、一体化して回っています~~~

普通の人は、こんなことはできません。
しかも、高速回転の後、
マイケルは、つま先でバランスするのですから、超人的です


よほど三半規管が鍛えられているのでしょうね!
試しに、比べてみて下さい~~!!!!

マイケルのスピン
バジリヌコフのスピン
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さて、
マイケル最後のアルバムの最終曲『Threatened』(←クリック・過去の和訳・解読)の
特に、曲の最後の"ロッド・サーリングのバース"のところは、
今一、解ったような解らないような・・???な気がしていました。
問題は、緑のところなんですね~
[ROD SERLING VERSE]
The unknown monster is about to embark
From a far corner, out of the dark
A nightmare, that's the case
Never Neverland, that's the place
This particular monster can read minds
Be in two places at the same time
This is judgement night, execution, slaughter
The devil, ghosts, this monster is torture
You can be sure of one thing, that's fate
A human presence that you feel is strange
A monster that you can see disappear
A monster, the worst thing to fear.
今回、特に、気になる言葉がこれなんです。
this monster is torture
tortureという言葉は、
「拷問、苦痛」と言う意味に訳されますが、
もともと、語源的には、「ねじれ」を意味する言葉で、
ねじれ、ひねりを加えられることから生じる「回転、風」という意味をもちます。
例えば、面白いことに、「torch =トーチ・松明」も、
元は、木の棒の先に燃やす布や藁を「ねじって」つかうことから、
同語源なのです。
「拷問、苦痛」というような意味に発展したのも、
イメージとしては、
身体を雑巾のように「ねじられるような苦しみ」というようなことからなんですね。
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こんな語源から、
マイケルが表した、この含みをもった謎めいた言葉の意味を考えてみると、
どうやら、二つの意味を持っているように感じます。
というのは、同じもの、つまり、この「怪物」を見るとき、
異なった視点で見た、二つの像を表しているということです。
①ノーマル村村長の視点
マイケルを恐ろしい怪物と感じ、ノーマル村から排除しなければならないと
考える人にとって、マイケルは常に「苦痛」そのもので、
彼の存在自体が「拷問」なのです。
けれども『Ghosts』のSFの内容から解るように、
実は、マイケルの怪物のような姿は、
村長が、自分自身の中に隠蔽した「自己嫌悪」の投影でしかないのです。
投影とは、自己の悪い面を認めたくないとき、
他の人間にその悪い面を押し付けてしまうような心の働きを言います。
②マイケルの視点
マイケルが、マイケル自身を見る視点です。
怪物マイケルは、ダンスによって神聖なものと繋がります。
殊に、彼のダンスが最高潮に達するときに行われるのが、
まるで竜巻のような高速スピンです。
I keep on dancing and dancing.....and dancing,
until there is only.....
the dance.
と、彼が彼自身のダンスについて、詩に書いたように、
踊って踊って、旋回して、やがて、彼の内部は鎮まり返り、
神聖なものと一体になるのを感じていたのでしょう。
これは、 日本の言葉でいうと、
「ちはやぶる 千早振る」という状態ではないでしょうか?
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▼千早振るについて
日本の神道に、「千早振る(ちはやぶる)」という言葉があります。
これに対し、「荒振る(あらぶる)」という言葉もあり、
これは善い神の力と悪神の力を表し、和魂(にぎみたま)、荒魂(あらみたま)
とも言われます。
千早の「千」は、千木(ちぎ)の千で、細かに数多くという意味、
あるいは、「ち」とは「血」であり「魂」であるとも言われます。
「はや」とは「速」であり勢いのある状態、
速いことは勢いや強さの現れであり、生命力を表わしており、
「ふる」とは「振る」であり、振る舞うこと、動かなくなったものを振って再生させる
呪術的行為であるとされます。
同じ意味で「フルベユラ フルベユラ」という言霊があります。
これは、天の数歌(ヒト、フタ、ミ、ヨ、イツ、ムユ、ナナ、ヤ、ココノ、タリ、モモチ、ヨロズ)という、創造、進化を司る言霊と併用して唱えることで効果はより強力なものになると言われています。
「フルベユラ」の「フル」の言霊は、縦の力をもって強く振る所作をあらわし、
罪汚れを祓い落とし、振り落とします。
ユラは、「揺らす」で、横の力をもって固いものを柔らかに揺らしてほぐし、
滑らかにし、細かな汚れも逃さず綺麗にします。
この言霊は、主に病を災いを祓い癒す際に使われますが、魂を振って揺らし、
邪気を振り落とし清めるという非常に優れた言霊です。
千早振るとは、毎秒何千万回も高速旋回によって起きる微振動ということです。
それは、例えば独楽(こま)が高速旋回して、まるで消えて止まっているような状態を
いいます。
それに対し、荒振(あらぶ)る神たちの「荒」とは、荒々しく、粗野ということで、
バランスが悪く不安定なという意味です。
それは独楽でいえば、ぐらぐらと回っており、いつ回転が止まってこけるか分からないような不安定な状態です。
千早振る独楽の回転は、静止しているように見えても、その回転は猛烈な旋回を続けています。これを「スミキル」と言います。
このスミキル状態になると、まわりのどこからでも触れれば触れたものが弾きかえされる力を持ちます。しかし、荒振る独楽の回転は、ちょっと触れば倒れます。
つまり、周りの意見に押し流されるような芯のなさを表します。
千早振る状態は、旋回によって生まれた中心軸が、周囲へ向かってエネルギーを放射し、
また中心に向かって吸収する力を兼ね備えています。
真ん中の軸と円周が見事にバランスのとれた美しい姿なのです。
千早振る世界は、前後上下左右のどこにも偏り無く、真ん中の一点に集中し、
同時に四方八方に、その中心力が発露する力を有している世界です。
これこそ、完全な鎮魂に入った状態です。
鎮魂は千早振るを体現させ、それはスミキル状態をつくります。
スミキルは「スの身に成りきる」ことで、主神(創造主)の心をわが心となすこと。
つまり、神聖なものと一体となるということなのです。
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つづく・・・