▼マンデラ氏退院
6月ごろ、マンデラ元大統領は、
肺感染症で一時は危篤といわれましたが、
徐々に回復し、9月、ついに病院を退院し、ヨハネスブルグの自宅に戻られました。
▼父ブッシュがマンデラ氏に弔辞ヾ(▼ヘ▼;)
そんな中、パパブッシュことジョージ・H・W・ブッシュ元米大統領の広報担当者が誤ってマンデラ元大統領への弔辞を声明文として発表したという。
「妻と私はすぐれた自由の信奉者が逝去されたことをとても遺憾に思います。大統領としての私は、26年間も不当な収監をされたネルソン・マンデラ氏の寛大な心に、驚きを持って見守っていました。彼は自国の歴史を変える勇気を持っていた人物であり、我々はマンデラ氏に多大な敬意を払い、
彼の家族や国民への哀悼の意を表します」と~!


広報担当者のJim McGrathは、ニュース速報の「discharge(退院)」という単語を、「death(死去)」と読み間違えたとし、これは、あくまでも自分自身の過ちで、
ブッシュ家は無関係だと強調した上で、
なんと自身のツイッターで謝罪しました。

失礼この上ないミスで、謝罪の仕方は、あまりにも礼を欠いた略式!!
ブッシュからは、何の声明もないとは。。。嫌がらせか?

6月の重篤な容態の折にも、
オーストラリアの資源エネルギー大臣が6月26日、豪州鉱業協会の晩餐会で、
ネルソン・マンデラ氏が亡くなったと述べたことにより、
南ア国民の心情を逆なでするように、
オーストラリアでマンデラ死亡説が流れました。


▼エイズ・チャリティー46664
マンデラの胸に張られた「46664」とは何の番号か?
マンデラは、27年間(1964年収監~1990年釈放)投獄され、
そのうちの18年間、ロベン島に投獄されていたが、
その際の囚人番号が「46664」でした。
ちょうど今から10年前、2003年、
マンデラは、南アフリカ、アフリカの未来のために
立ち向かわなくてはならない問題として、エイズとの闘いを宣言し、
世界中のミュージシャンが、マンデラのもと、南アフリカのケープタウンに集結して、
このプロジェクトのためのコンサートが開催された。
それが、「46664」というエイズ・チャリティコンサートでした。
*46664コンサート(wiki)http://en.wikipedia.org/wiki/46664_(concerts)

上図にもあるように南アフリカ共和国、ナミビア、ボツワナ、スワジランド、レソト、ジンバブエ、ザンビアの7か国においては、人口の15%以上が感染している。
最も感染率が高いのはボツワナで、
人口の38.8%が(2001年調べ)エイズに感染していた!
なんという素晴らしい笑顔だろう!!! まるで子供のよう!
「これは信じられないほど重要な夜です。
我々は今夜ここケープタウンで素晴らしいコンサートを楽しんでいます。
ここに来てくれた人達全員に感謝を。
46664は戦争、飢餓、洪水の総数よりも多い命を要求する
前例のない比率の悲劇と戦う手助けをする重要なキャンペーンなのです。
AIDSはもうただの病気ではない。
基本的人権の問題なのです。
それはあらゆる年齢の人びとを襲いますが、とりわけ若者、
アフリカの若者に被害をもたらしています。
彼ら全員のために、我々は行動を、それも今すぐに起こさなければなりません。
46664はわたしの囚人番号でした。
十八年ものあいだわたしはロベン島に収容され、
わたしはただ番号だけで認識されていました。
現在の何百万人ものAIDSに感染した人々は正にそのような感じなのです――
番号なのです。
彼らもまた実刑を宣告されているようなものなのです――しかも一生。
だからわたしは、このキャンペーンに、わたしの囚人番号だった46664を
運用することに同意しました。
共に我々はAIDSと戦いみなのための未来を保護する手伝いをすることができます。
あなた方に感謝いたします。」
===============================
▼マンデラ氏のマイケルへ激励
マンデラ大統領は、2005年、裁判に苦しむマイケルに、
心のこもった力強いエール(←クリック原文・和訳)を送ってくださいました。
「希望のない刑務所のなかで、
個人的に、私はマイケルジャクソンに強さを見出していた。
キングオブポップは、今日もインスピレーションの源であり続けている」と。