マイケルの心の傷みの根源 | ☆Dancing the Dream ☆

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with ☆Michael Jackson☆

 マイケルは、なぜ死ななければならなかったの?
ただただ、彼の死が悔やまれる思い。
ご家族ならば、その無念の思いはいかほどか。。

キャサママは、また別の措置を採ることを考えているようですが、
世間は、今回のAEG裁判で、表面上、一応、決着したとするのでしょう。

けれども、
当時、海を隔て、遠くから電波に乗って垣間見たマイケルの様子をみても、
やはり、嫌な感じ、異常な事態がおこっている感じ、
つまり、薬物の使用を直感したのに、
AEGが、気づかないわけがない。
それなのに何故、強行にTIIを推し進めたのか?ということ。

ただ、仮に、
マイケルの死は、誰に責任があるのか?ということが明らかになって、
ジャクソン家に慰謝料が支払われたとしても、
やはり、私には、残る疑問があったのだろうと思います。

それは、
マイケルは、何故、薬物で死ななければならなかったのか?
なぜ、マイケルは、危険な薬物を絶つことができなかったのか?ということです。

約2年半、マイケル作品を、私的に訳し解読し、
まったく一般的ではない解釈を得てきました。
そして、彼の作品群から、
薬物の力を借りねばならないほどの、彼の心の傷みの根源を
理解することができたように感じています。

そして、それが、同時に
彼の作品群が語りかける大きなテーマのひとつになっているのだと思います。

では、彼の心の傷みの根源とは何か?というと・・

マイケルは、色々な難病を抱え、身体的な痛みも多く持っていましたが、
彼を最も、苦しめ生涯苛み続けたのは、心の傷みであったろうと思います。

幼少の頃に受けた虐待。。よく言われるのが、
彼が公にしてきた虐待――つまり、
父親による過度の芸能の特訓、暴力、
また、母親の信仰する宗教の影響から来る、日曜日やクリスマス、誕生日といった
子供の楽しみを奪われたということ。

しかし、思うに、実際は、
これらのことではなく、より残酷な虐待・・

彼が、心に秘め、決してあからさまに公には語って来なかった虐待に
関係すると思っています。

はっきり言ってしまうと、
マイケルが、「幼い頃に受けた、性的虐待」だと思っています。

マイケルが、整形手術を受け続けたこと、
過度の不眠症に悩み続けたことの、
延いては、薬物中毒に陥ったことの、
遠因、いえ、根本的な原因は、
彼が、子供の頃に受けた「性的虐待」にあるのではないかということです。

この事実について、マイケルは、
いくつかの楽曲に隠蔽して、告白しています。

今日は、このことについて、AEG裁判が帰結したこともあり、
私なりに総括してみたいと思います。

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マイケルは、ペプシ事故のときに負った火傷の後遺症の鎮痛剤として、
処方されたデメロールを使用して以来、この薬の中毒に陥っていた。
整形外科手術、皮膚の治療ともセットで使われていた。

そして、デメロール離脱の副作用として現れた極度の不眠に悩んでいた。
離脱の計画が進められたが、デンジャラスツアーに入り、それは頓挫した。
ツアー中のアドレナリン上昇は、彼を不眠の極致に陥れるからだ。

やがて、デメロールに変わる薬物として、
外科手術用の麻酔薬プロポフォールが選択された。
ヒストリーツアーのミュンヘンで初めてプロポフォールが試され、
マイケルは、この効果を気に入る。

その後、2009年までの約十余年、この時期の薬物とマイケルの関係は不明。
マイケルは、ソニーとの関係が極度に悪化し、
2003年から2005年は、児童虐待容疑で裁判の渦中にいた。
[blood on the floor/HIStory In The Mix]には、悪徳医による薬物投与、
薬物を摂りながらステージに立ち続けることについての楽曲がある。

2009年、マイケルの死。
プロポフォールの使用に関する扱いに不法性があり、
マイケルを死に至らしめた医師は有罪となった。

マイケルは、禁止されていた自宅でのプロポフォール使用を
専属医師に示唆した。
けれども、これは、医師法に違反しており、
患者の安全を第一義にするより、金銭に目が眩んだ医療行為であった。

マイケルは、プロポフォールをレム睡眠が摂れると信じ込み、
また、扱い方次第で危険は回避されると思っていた。
しかし、マイケルに対し、多くの医師から危険を忠告していた事実がある。

マイケルは、プロポフォールの危険を認識していながら、
尚、薬に頼らざるを得ない状況にあったということである。


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偉大なアーティストと云うだけでなく、
マイケルジャクソンという、偉大な人格者が、
なぜ、薬物に頼らざるを得なかったのか?

彼があらゆる作品で訴えてきたのは、
人間にとって、自分自身の「my baby=魂」こそ、最も大切なのだ!ということ。
私は、そう思っています。

彼自身の「my baby=子供の心=魂」は、NO!!!と叫んでいたはずです。
薬物を使うことは、ダメだよ!!と泣き叫んでいたはず。
自分自身の心の内から、その声を聞きながら、
襲いかかる痛みと不眠。止むに止まれず薬物に頼らざるを得ない。
この状況は、どんなに苦しかったことでしょう!!


そもそも、マイケルは、薬物はおろか、酒やタバコの摂取さえ忌避するような
ライフスタイルを送っていた人物でした。

薬物使用のきっかけとなったペプシCM事故が起きたのは、
ちょうど、マイケルが、ファミリービジネスから、ソロに転向する過渡期でした。

これは、同時にマイケルの内的世界が爆発的に変化するときでもありました。
つまり、「本来の自分自身を取り戻す」ことに目覚めた大変化のときだったのです。

「本来の自分自身」という概念を、
マイケルは、作品の中で、「My baby」と呼び、
「誰の心の内にも在る子供の純粋な魂」であるとし、
これを彼独自の隠語として用い、
彼の思想の核、最大のメッセージとして、作品の中に秘めて発信したのです。

ソロ転換の時期は、すなわち、
彼を縛っていたものから解き放たれ、
目を覆っていたものを取り去って覚醒し、
やがて、マイケル自身の思想が明確化していく時期となるのです。

つまり、父親がコントロールするビジネスから自由になること、
また、母親がコントロールする宗教観から自由になることを意味します。

しかし、これは、同時に、
過去から今まで、自分自身の身に何が起こってきたのか、
それが、いかに、残酷な虐待行為であったのかという、
事実とひとつづつ対峙し、認めていくことです。
この自己覚醒のイニシエーションには、非常な傷みが伴います。

このブログを長くお読みいただいている読者の方の中に、
勇敢にも、このような行程を経て、継続中でいらっしゃる方、
つまり、「本来の自分自身を取り戻す」道程にいらっしゃる方がおありだとすれば、
マイケルが発信する「my baby」の概念を理解し、
おそらく、彼の傷みの幾何かを察することができることと思います。
そして、その道程には、終わりがないことを、よく承知していらっしゃることでしょう。

「知らぬが仏」という言葉があるように、
知らなければ仏のように心おだやかでいられるものを
事実を知れば、悩み、苦しむ――盲者の目が開くと、穢れも見えてきます。
人は、安楽を望み、真実から目をそむけ、
そのうちに、真実を捻じ曲げて、在るものを、無いものとし、
潜在意識の中に沈めます。
そして、表面上の心の平安を得るのです。

つまり、マイケルは、
そのような長い「かりそめの心の平安」を打ち破り、覚醒し、
ソロ転換の時期、ちょうど、ペプシ事故に見舞われた時期に、
痛みを伴う「本来の自分自身を取り戻す」道へ進み行ったのです。
今までにない心の痛みを感じている時期に、
ちょうど、火傷事故の治療で、後に最大の難題となる「危険な薬物」に
出会ってしまうのです。


マイケルは、
あからさまな人種差別が横行した時代に育ってきた貧しい黒人である両親に
育てられました。
やがて、彼らは、サクセスストーリーを夢み、逆境をバネに努力し、
アメリカンドリームを実現した黒人家族として名を揚げます。

しかし、その成功と名声の代償は、ファミリービジネスを共にすることを強いられた
子供に及んだのです。
殊に、J5最年少で、リードボーカルであるグループの中心的な存在の
マイケルへの負荷が、どれほどのものであったかは、
おそらく、誰にも理解できないことでしょう。

幼い子供がエンタメ業界を生きることの過酷さに加え、
彼の精神世界は、幼少期からセクト宗教であるエホバの証人の教えに縛られていました。

このような、彼の子供時代のアウトラインを知るだけでも、
この世のどこに、彼と痛みを分かち合えるほどの経験をした人間がいるでしょう?
彼が友人と呼ぶ人々、例えば、エリザベステーラー、リサマリー、ダイアナロス。。
おそらく、彼らの名声の背後にある痛みこそが、マイケルと孤独を分かち合える要因
だったのではないでしょうか?

彼自身、世界でも最も孤独な人間だ。と自分を称しましたが、
彼の孤独とは、凡そ誰とも共感することができないほどの、
過酷な子供時代にあるのです。
否、それは、子供時代とさえ呼べるものではなく、
プロフェッショナルとして振舞うことを強いられた、失われた子供時代なのです。

彼は、父や母、周囲の大人たち、
マスコミ、オーディエンスの望むような自分であることが、
良いことであると信じ、愛を得ようと努力してきたのです。

その過程で、彼は、子供でいる―という、当たり前のことを
失ってしまったチャイルドスターでした。

しかし、皮肉なことに、本来の自分自身に無自覚でいられた時代の彼は、
ある意味、明るく、健康そのものに見えたかもしれません。

けれども、彼は覚醒しました!
子供時代に受けてきた傷を、真っ向からみつめ直し、
「本来の自分自身を取り戻す」ことに目覚め、厳しい道を選んだのです。

このように覚醒することは、
ペプシ事故で受けた火傷後遺症と同じほどに、
いえ、それ以上に、彼に、恐ろしい痛みをもたらしたのではないでしょうか?

マイケルは、覚醒以前から、世界事情をよく学んで、
社会問題にも鋭い目を向ける勤勉で賢明な青年でした。
そのことは、彼の作って来た楽曲からも知ることができます。

けれども、社会を見渡す眼差しを、同じ鋭さで、
ひとたび、自分自身の内面に向けると、、

そこに見えてきたのは、
悲惨な社会以上に、悲惨に捻じ曲げられた自分自身の姿だったことでしょう。

この大転換こそが、マイケルを、新生させ、
偉大な芸術家マイケルジャクソンにならしめたのだと思います。

今日は、私個人が、新生マイケル芸術の起点となると考えている楽曲、
HeartBreak Hotel』(←クリック・和訳、解読はこちら)をお聞きください。



非常に謎めいた詞に隠されているのは、
マイケル自身が、「子供の頃に受けた性的虐待の記憶」であると
私は、確信しています。
ちょうど、モータウンのプロテストに受かって間もない頃の忌まわしい出来事が、
この歌には、歌われているのだと思っています。
非常に厳重に隠蔽しつつ、尚、彼は、作品上で、自分自身の最も深い傷を告白したのです。

そして、彼の隠蔽工作を解く鍵になる言葉こそが、「My Baby」であると思っています。
勇気を奮い起こし、覚醒して以来、彼の人生は、
傷みと戦いながら、嘘のない自分自身の魂=「My Baby」を取り戻す
凄まじい旅となったのです。

つまり、記憶の底に沈めていた
自分自身が幼い時に受けた「性的虐待」の事実と向き合い、
そのトラウマを乗り越えるということが、焦点だったのではないでしょうか。

彼は、自分の死を予言していました。
おそらく、「プレスリーと同じように」という意味は、
「なんらかの薬物によって早世するだろう」ということだったと思います。

白斑や狼瘡、火傷の後遺症、ステージでの脊椎損傷などの肉体的な傷みは、
想像以上に酷いものだということが明らかになりましたが、
それに加え、目には見えない、精神的な傷みは、
彼の創作活動全体の巨大さと、同じほどの痛みだったのでしょう。

その痛みが、生身の肉体で受け止めるには、過度のものになったとき、
マイケルは、薬物に頼らざるを得なかったのでしょう。
そして、薬物は、危険な副作用、中毒性を発揮し、マイケルの身体を蝕んでいたのです。

しかし、この危ういバランスの道程の結末は、
マイケルが自分自身で表現したように、
カルミナ・ブラーナのフォルトゥナの手の内に委ねるしかない。。ということなのでしょう。



運命をフォルトゥナの手に委ね、
真実を探求するチャレンジを止めようとしなかったマイケルは、
一人の人間に架されるには、大きすぎる傷みを抱えながら、
時に、人間を超え、マシーンのように強靭にならねばならない時、
薬の力を借りるしかなかったのですねううっ...

マイケルの傷みは、大きすぎた。。。
彼をジャッジするなど、誰にもできないのことですね。
なぜなら、彼の傷みは、彼にしか感じられない深い深い痛みなのだから。

けれども、だからこそ、マイケルは、何ら罪なき、傷つけられた子供たちの傷みを、
また、そのような子供時代を送った人々の傷みを分かち合えたのです。

彼にとって、その痛みを癒してくれる唯一の存在は、
彼が生涯追い求めた「My baby=純粋な魂」を、真にもち、
体現している「子供」という存在だったのではなかったでしょうか?
そして、彼の芸術は、その純粋な魂に触れることから生まれたのです。

彼は、世界中の戦渦の元にいる子供たち、
難病の子供たち、虐待を受けた子供たちの
友人であり、恋人であり、兄弟であり、母であり父であろうとしました。

しかし、世界の誰が、戦争に無縁、病に無縁、虐待に無縁でいられるでしょう?
私たちは、皆、根本的に、傷ついた子供たちなのです。

そして、史上、最も、地球上の隅々まで自分の音楽を轟かせた男は、
マイケルジャクソンであり、
人種を超え、老若男女を踊らせ、熱狂させた男は、
マイケルジャクソンなのです。
世界は、We had him!! まさに、彼は、私たちの心の内に存在していました。
彼を、友人、恋人、兄弟、父母のように身近に感じていたのです。

彼は、事実、彼の作り上げた芸術を通じて、
彼の望んだ、その通りになりました。

けれども、彼が、友人、恋人、兄弟、父母のようにあって欲しいと望んだ時、
世界は、彼をどう扱ったのでしょう?