マイケルの手書きメモ(和訳)②~つづき | ☆Dancing the Dream ☆

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Note 2

Tohmey away from my $ now(※名前のスペルミス?Tohmey = Dr. Tohme Tohme)
no contact
where's my "house"
Phillips is conflict
Where's money for 50 shows

トーメを僕のお金から離す 今すぐ 
密着はダメ
僕の「家」はどこにある?
フィリップとは対立
50回のショーのためのお金はどこにある?

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さて、トーメ氏が、ジャー兄の紹介でマイケル周辺に現れた経緯を、
前記事で書きましたが、その続きとして、読んで下さい。

ある見方をすれば、マイケルを「This is it」へ、死へ。
この最悪のシナリオに促したのは?
マイケルを破滅に追いやった子鬼のような人物たちが
順々に浮かび上がっているようにも思えます。

しかし、実は、事はもっと以前に起きており、
大きく言うと「中東問題」との関わりが、遠因しているように私には思えてなりません。
時期的には、デンジャラス早期ということになるでしょうか。
というのも、「Will you be there」の和訳の過去記事でも言及した、
マイケルの『Palestine』という詩のようなメモ↓の中の、

   "Oh, Palestine, I will die for you.
    ああ、パレスチナ
    私は あなたの為に死すだろう"
 
         ※全文訳あり=2012年09月03日(月)
            Will You Be There①~異教徒達の和平・ヨルダン川、パレスチナの地に祈る

マイケルの「パレスチナのために死ぬだろう」という、
予告めいた、この最後の言葉が、ずっと気にかかっていたのです。

$てんのブログ

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「中東問題」とは、「キリスト教・ユダヤ教圏VSイスラム教圏」といった文明の衝突と解釈されたりしますが、実際は、「利子経済 VS 無利子経済」であり、
「近代貨幣システム VS イスラム貨幣システム」という見方が存在します。
これは、どういうことかと言うと、「イスラム金融」について、解り易く書かれている下記の記事を読んで頂くと、アウトラインが解ると思います。転載させて頂いたので、これをお読みください。

さて、マイケルは、90年代、マルチなエンターテイメント業界参入への道を模索していました。
特に、映画製作は、彼の予てから是非とも実現したい夢でした。
それは、1991年、1993年に長編映画作品を提供することを告知し、結局は具体化されませんでしたが、映画製作を真剣に実現したかったのだという形跡が残されています。たとえば、「リベリアンガール」のSFのラストショットで、フィルムカメラのクレーンに乗って微笑む姿が、彼の遺影として使われたことからも、「映画」は、彼の生涯の念願であったことは、容易に察せられます。
おそらく、バッドツアーの最中に引退を宣言したのは、スリラーで成功した資金で、ビートルズの版権を買い、経済的に盤石な基盤をもって、活動を映画制作へと変化させていくことを考えていたのでしょう。
しかし、世界状況は、1991年ソ連崩壊後、ペレストロイカ(ソ連型社会主義の自由化・民主化運動)、東欧民主化革命と変化していきます。ソビエト連邦の崩壊により、連邦国内のユダヤ人移民がイスラエルに入り、彼らの支持によりラビンが首相に就任して、オスロ合意に繋がりました。
このオスロ合意に仲介役となったのが、クリントン大統領であり、マイケルとクリントン大統領は、この時期、大変、接近し、マイケルの音楽活動は、世界平和のための政治色を強めて行ったのです。
解放後のルーマニア、ブカレストからスタートするデンジャラスツアーは、「will you be there」という曲が象徴するように、中東の平和、戦争反対を謳う政治的平和活動だったのです。
こうして、ステージからの引退は、平和活動のために、一時、先送りとされたのでしょう。
しかし、このツアーは、93年児童性的虐待疑惑事件の発生により、中止され、スポンサードしていたペプシは、即時、マイケルとの関係を解消します。
その後にリリースされた「HIStory」のためのワールドツアーも行われますが、
このツアーの内幕は、今までとは、全く異質なものとなりました。
それは、資金の性質上の違いです。
ヒストリーは、アラブ資本によるものだったのです

マイケルは、96年にサウジのアルワリード王子と「キングダム・エンターテイメント」という会社を立ち上げ、この会社がスポンサードしたのが「ヒストリー・ワールドツアー」でした。
映画「Ghorsts」の配給も「キングダム・エンターテイメント」でした。
つまり、マイケルは、少なくとも90年代中盤から、「イスラム金融」を基盤として、活動していたということになります。
反ユダヤ活動監視団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は、「HIstory」の中の「They Don't Care About Us」に「カイク」というユダヤ人に対する蔑称が歌われているとし、問題視しました。これに対し、マイケルは反ユダヤ主義者ではないとした上で、リスナーに不快感を与えたことを謝罪し、問題部分をノイズ処理。しかし、この歌の主旨は、マイケルが受けた警察権力による暴力は、人種差別問題に根差しているという訴えであり、同じように、差別される人々の声無き声を代弁したものでした。"ニガー、カイク"は、その象徴的言葉であり、マイケル側にとっては、この反発は、想定の範囲内であったことでしょう。しかも、「HIStory」という舞台は、アラブ世界の大資産家が、協力していたのです。
しかし、あえて、タブーとされる言葉を用いて、予想された反ユダヤ活動監視団体を刺激したのは、何故でしょう?
やはり、マイケルは、人々に、一般の良き隣人としてのユダヤ人を、差別することと、利益を独占している資本家に操られた近代の貨幣システムへの批判とは、別物であることを知らしめるというような意味があったのではないかと思うのです。

つまり、ユダヤ人だから阿漕な商売をする油断ならない人、
利子を取らない相互扶助的商売をするアラブ人はいい人、
という決めつけは、何の意味も持たないということですね?
ユダヤ人は、頭がよく、
アラブ人は、危険なテロリストなんていうイメージも無意味だということですね?
どちらにしても、ステレオタイプの考えは、差別的であり、意味をもたないのです。
トーメは、ジャー兄推薦のアラブ金融世界の人間ですが、マイケルは信用してませんでしたもんね!




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アブドゥッラー・ザ・ブッチさんの
『一六銀行とイスラーム金融 
 諸悪の根源である国際金融資本のマネーゲームに赤紙(レッド・カード)を』 から転載

============ 以下転載 ===========

「ゲゲゲの女房」には、よく一六銀行(質屋)のことが出て来る。

質屋とはどんなものか?

質屋(しちや)とは、何らかの物品を質草(担保)に取って、金銭を貸し付ける(融資)事業を行う事業者あるいは店舗の事である。

日本の質屋の起源は鎌倉時代といわれ、1960年代頃まで庶民金融の主力であった。しかし、1970年代頃から、無担保・無保証人で一般市民に融資を行う「団地金融」(消費者金融、サラ金の前身)が起こり始め、廃業する質屋が多くなった。

返済が不能になっても、質屋はそのまま差し入れられた質草を取得できる(質流れ)ため、一部無担保貸金業者のような脅迫的な取立ては一切ない。
(この節は、Wikipedia「質屋」を参考に一部改変しました)


質屋は優れた相互扶助システム

確かに質屋は金融システムである。そして、質屋の金利(とされるもの)は、消費者金融の金利よりも高いと言われている。だが、質屋は質入れの時に客に払った金額と質受けとの時に客から受けとる金額の差額を受け取るのであり、厳密な意味での「利子」とは異なっている。

質屋側でも損をしないようにできているし、客の方も高利による返済不能などの事態に陥らない極めてよく出来た相互扶助システムであると言えるだろう。

だから、質屋は客が返済不能になることは望まない。質草を受け出してくれた方が、質屋にとっても利益になるからである。

融資のプラス面を残すには

イスラーム教では「利子」が禁じられている。労働を伴わない富であり、お金持ちがさらに儲けるための「利子」は公共の福祉のための優れたシステムとは言い難い。だが、銀行の融資には中小企業の経営や新規の企業活動を支えるというプラスの面もある。大企業への融資もそれ自体が悪いということではない。多くの中小企業の経営は大企業に支えられているし、大企業で働く社員やその家族の生活も支えているからである。

新しい形の金融システムの登場

そこで、相互扶助を理念とするイスラームの教えに反することなく、そういった経済活動を支援するシステムとして生まれたのが国際金融の場で近年注目を浴びアジア諸国を中心に急速に広がりつつある「イスラム金融」である。

イスラム金融のシステムを単純に示すと、融資者と融資先は共同出資者となり、ともに事業に参画するということである。融資者と融資先はともにリスクを分かち合い、ともに利益を分かち合う。

イスラム金融の理念を一言で表わせば「相互扶助」である。通常の金融システムが、一旦融資するだけで何もすることなく富が増えて行くのに対し、イスラム金融では、融資した企業の活動をともに支え、生じた利益を一定の割合で分かち合う。それは、「労働なき富」である通常の利子とはその理念が根本的に異なっている。

非道徳的な融資を行わない

イスラム金融のもう一つの特徴は、賭博や武器の売買などの非道徳的な事業に融資しないということである。サラ金やマネーゲームなど金利収入によって成立する事業にももちろん融資しない。そのことで「金が金を生む」という悪循環を断ち切るのである。

利益の独占VS利益の共有

イスラム金融に対し、「形式上の違いだけで実質的には利子と同じではないか」と批判する人もいる。だが、国際金融資本のマネーゲームの利子が、融資した相手の成功のいかんに関わらずもたらされ、しばしば融資相手の破綻によってより大きな富が生み出されるという現実は、様々な弊害を生み出している。

アジア経済危機が投機的な国際金融資本によってもたらされ、多くのアジアの中小企業経営者が自殺に追い込まれたことは記憶に新しい。

自分だけが儲けることを助長する現在の国際金融システムと、ともに栄えることを目指すイスラム金融は、目指すものも違うし、もたらされる結果も正反対のものとなるのである。