今日は、
マイケルの詩集Dancing the Dreamの『I YOU we』を訳します。
いやいや~・・
「君はまちがっている!」
「いいえ、あなたがまちがっている!」
そして、その後、手をとりあって仲直り~みたいな、
リサとのケンカと仲直りのような詩かと思ったら~・・・とんでもない!!(*v.v)ゞ
恐れ入りました!
この詩のキイワードは、
文中、赤字で示した、『we』です。
そこで、『we』の語源について調べてみました。
そして、驚きました。
――古語英語の「we」は、ゲルマン祖語「wiz」から来ていて、
さらにそれは、
インドヨーロッパ祖語「wei-」から来ていて、「私たち二人」と言う意味を表す。―

「wiz」とは『we』という意味だったんですね!!!
私は、「wiz」は、てっきり、
「with」と「OZ」の混合語かと早合点してました!
因みに、「with」の語源を調べてみると・・
「with」とは、
古語英語wið ="against, opposite, toward,"
つまり、「反対、~に対して」というような意味を持ち、
「~と一緒に」という意味の前に、
「異なるもの、離れたもの」という認識があるということが解ります。
つまり、分断されているからこそ、「~と一緒に」という概念になるんですね。
マイケルは、こう言うのです。
〝 Not you and I, but only We."
"「きみ・と・ぼく」ではなく、ただ「ぼくら」。"
「with」とは、
「you and I」ということですが、
ところが、「We」とは、
「異なったものが、一緒に」なのではなく、
分離していない「ひとつ」、という概念であることが解ります。
・・・ああ、これは・・ヾ(@°▽°@)ノ
私の中で、マイケルの『we』のイメージが見えて来ました!!
『we』とは、「Baby」「Child」のことね?!
『we』とは、
愛し合う男女、君と僕の、二人のあいだに生まれてくる
「Baby」「Child」と受け取っても良いのでは?

どうぞ試しに、下の訳詩の『We=ぼくら』を
「赤ちゃん」または、「子供」と置き換えて読んでみてください!!
そう読み解くと、なんという、熱いラブレターなのだろう!!と、胸キュンです

リサとマイケルの『ケンカと仲直りの詩』という初見のインスピレーションは、
そうハズレでもないような気がしてきました^^
いや、リサ&マイケル・・というのは、例えばの話・・^^
架空の男女でも良いわけですけれど^^;例えば・・たとえば~ですよ( ̄▽+ ̄*)
リサの子宮の中で彼らの「ぼくら」が歓喜のダンス!(///∇//) スゴイ~❤
リサとマイケルの「We=ぼくら=Baby」、ホント、見てみたかったです~

もしも、生れていたら、ちょうど20歳くらいかも..。o○☆
ハイ!脱線! 話を正調に戻します~!
熱いラブレター・・とはいえ、このラブレターは万人へのものでもあります。
というのも、『we』の大元は、
マイケルが、ずっとずっと言い続けている(と、私が思っている)、
元々誰にも備わった、人の心の中の「my Baby」「inner-Child」なのですよね?!
それは、「ONE(梵我一如)」の思想にも結びつきます。
そして、もうひとつ・・
『out of thin air』 という言葉。。
これも熟考してみる必要がありそうです。
空と海面や湖面との境界線を水平線、
空と大地との境界線を地平線というように、
空と空以外が作り出す境界線を英語では「skyline スカイライン」と言います。
このように・・out of thin airとは、
「thin air」と、そうでないものの境界線があり、
その「out of ―~の中から外へ」という意味になるでしょうか?
「thin air」は、どういう意味なのかというと、
※thin air=雲霞、巨大な空所でどこでも見つけられない場所
=uncountable=数えきれない、無数の、不可算の
・・ということです。
これから、読み取れる「thin air」のイメージは、
聖書世界でいうならば、『天国(エデンの園)』、
仏教でいうならば、『空(=縁起を成立せしめるための基礎状態)』、
宮沢賢治に言わせれば、『インドラの網』、
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインのいう『語りえぬ領域』・・のようなものでしょうか?
そして、マイケルは、
「we」は、そのthin airの中から外へ、やって来るのだろうか?」と自問するのです。
どうやら、マイケルの考えでは、
『We』は、その「out of ―~の中から外へ」やって来たのではなさそうですね。
マイケルの考えは、
『ぼくら=Baby,Child』は、決して「失楽園」のように、
天国から追放されたのではない、ということではないでしょうか?
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I YOU we
ぼく・きみ・ぼくら
I said you had to do it.
You said you didn't want to.
We talked about it,
and we agreed that maybe I could help.
僕は「君はそれをするべきた!」と言い、
君は「私はやりたくない!」と言った。
僕らは、それについて話し合った。
すると、僕が力になれるかもしれないということで意見が一致した。
I said you were wrong.
You insisted you were right.
We held each other's hand,
and right and wrong disappeared.
僕は、「君はまちがっている!」と言い、
君は、「わたしは、正しい!」と主張した。
僕らは、お互いの手を取り合った。
すると、正しいとか、間違っているということなど消え失せた。
I began crying. You began crying, too.
We embraced, and between us grew a flower of peace.
僕は泣きだした。君もまた泣き出した。
僕らは抱きしめ合った。すると、僕らの間に平和の花が芽吹いた。
How I love this mystery called We!
Where does it come from, out of thin air?
I thought about this mystery, and I realized something
: We must be love's favorite child,
because until I reach out for you, We is not even there.
It arrives on the wings of tenderness
: it speaks through our silent understanding.
When I laugh at myself, it smiles.
When I forgive you,
it dances in jubilation.
僕は、「ぼくら」という神秘をどれほど愛していることか!
「ぼくら」というものは、「天」から外へ?どこからやって来るのだろう?
僕はこの神秘について考えた。そして、あることに気づいたのだ。
:「ぼくら」というものは、「愛」の寵児なのだと。
なぜなら、僕が君に手を差し伸べるまで、「ぼくら」はここに存在さえしなかったんだから。
「ぼくら」は、優しさの翼に乗って生まれるのだ。
:「ぼくら」は、僕らの沈黙の了解に声を与える。
「ぼくら」は、僕が、自分自身への拘りなどものともせず笑うと、「ぼくら」は微笑む。
僕が、君を受け入れると、
「ぼくら」は、歓喜のダンスをするのだ。
So We is not a choice anymore,
not if you and I want to grow with one another.
We unites us, increases our strength;
it picks up our burden when you and I are ready to let it fall.
The truth is that you and I would have given up long ago,
but We won't let us.
It is too wise.
"Look into your hearts," it says.
"What do you see? Not you and I, but only We."
だから、「ぼくら」にはもはや迷いなどない。
君と僕が、お互いに成長を望むなら。
「ぼくら」は、僕らを一体にし、僕らの力を増すのだ。
「ぼくら」は、君と僕が荷物を投げ出そうとするとき、僕らの重荷を持ってくれ、
君と僕が昔あきらめてしまっていたかもしれない真実は、「ぼくら」は、そうはさせない。
そればかりでなく、「ぼくら」は、賢明なのだ。
「君の心の中をみつめてごらん」と「ぼくら」は言う。
「何か見える? 「きみ・と・ぼく」ではなく、ただ「ぼくら」が見えるはずだ。」