『風立ちぬ』の向こう側② ~魔の山 | ☆Dancing the Dream ☆

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トーマス・マンの『魔の山』―
主人公ハンス・カストルプ青年が、結核に侵された従兄弟を訪ねて、
スイスのアルプス山脈のサナトリウムにを訪れる。しかし、彼自身が結核にかかっていることがわかり、その後7年にわたってそこに滞在することになる。
時は第一次世界大戦前・・カストルプ青年は、戦前のヨーロッパの縮図ともいうべき
魅力的で悪魔的な人物に次々に出会い、その思想潮流に触れ、成長していく。
中でも圧巻なのがロドヴィコ・セテムブリーニとレオ・ナフタの思想の対立である。
カストルプの魂を奪い合うように相反する二人の教育者。カストルプは、その間に身を置いてどちらに荷担するでもなく、魔の山の教育をうける。
セテムブリーニVSナフタの論争は、合理主義とスコラ哲学、イタリア人とユダヤ人、
人文主義と教団思想、へレニズム文明とヘブライ文明を象徴するように対立する。
つまり、彼らは、絶えず矛盾するものが対立相克している現代ヨーロッパの文明そのもの、二元的文明を象徴しているのである。
カストルプは、彼らのような知識や学問を切り売りしている教育者や学者に対して、
頭の遊戯になりがちな思想は、おしゃべり屋のおしゃべりにすぎないのだと批判する。
知識や学問は、分析を好み、絶えず対象を、対立する二つに切断してしまい、
生命に満ちた統一を破壊してしまうというわけである。
しかし、このような、ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスター」や「メフィストフェレス」の如き人物によって、知識や学問を経由し、生に目覚めていく。
印象的な「雪」の章― 目の眩むような白いアルプスの雪山で、道を見失い、太古の沈黙の中で死の誘惑に直面する。しかし、かろうじて「人間は善良さと愛とを失わないために、死に思想を支配させてはならない」と思いとどまり、雪山を下山する。

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シティバンクなどを経て、ディズニーに入社。ディズニーと徳間書店の提携に尽力。
2011年まで、ジブリの海外事業部取締役部長を務めたスティーブン・アルバート。
宮崎監督の熱いコールを快く承諾し、スティーブン・アルバートが、
このトーマス・マンの『魔の山』の主人公の名を冠した「カストルプ」役の
声優として演じた。

「カストルプ」が登場するシーンは、
堀越次郎が、ヒロイン菜穂子との再会の舞台となる場所だ。
次郎は、設計した飛行機の試験飛行に失敗し失意を癒しに
軽井沢のホテルを独り滞在していた。
「カストルプ」は、同じく、日本の上流層が集う避暑地のこのホテルに
滞在している謎めいたドイツ人である。
ホテルのバルコニーで、スモーカー同士、堀越次郎と相席し、
飛行機のエンジニアである次郎の素性を見事に言い当てる。
そして、ユーモアで包み、日独の政治情勢、軍需産業の知識を語り、
軽井沢を、トーマス・マンの『魔の山』に例える男である。

やがて、軽井沢の山を下りて社に戻った次郎は特高に追われ、
上司の家の離れに匿われるという事態になる。
おそらく、これは、カストルプとの接触が原因するのだろう。
カストルプ自身も政府に追われ国外脱出を図る。
つまり、彼は、軍事機密を探るドイツのスパイなのだ。
彼は、軽井沢を「モスキートもいない。熱くない。」
「下界のことを忘れてしまう魔の山だ。」と言う。

彼の言うとおり、
トーマス・マンの『魔の山』の主人公カストルプも、
アルプスの荘厳な白い山に包まれ、自然との神聖な調和を感じるが、
最後には、第一次世界大戦の戦場に駆られていくことになる。

それと同じように、
『風立ちぬ』の新田次郎もカストルプも山を下り、
第二次世界大戦の戦渦の呑み込まれていく。

しかし、彼らの心は、
「Der Zauberberg 山の魔法」に触れた。。
「der Zauber」とは、ドイツ語で魔法 魅力の意。 
「Berg」は、山の意味。○○ベルクという地名がドイツ語圏に多いのはこのため。

彼らは、山に魔法をかけられたのかもしれない。
山の風が吹き飛ばすパラソル・・
山のにわか雨の相合傘・・
紙飛行機・・

生き物を呼び寄せ、包み込み、
なんらかの「病」を癒す。。

その魔法で。。

しかし、
山の『魔』は・・時に、熱いマグマを煮えたぎらせ、
地面をえぐり返す。

1923年、大正12年、9月1日11時58分32秒、
発生したマグニチュード7.9。 関東大震災のように。

しかし、
カストルプも、次郎も「魔」なのだ。
恋のキューピットであり、恋する者であり、
戦争従事者なのだから。

おそらく、
私たちは、皆、「魔」を孕んでいるのだ。。。