それは、マイケルが、『TII』を目前にしていた頃のことです。
マイケルは、3月5日に――
その年の7月、ロンドンのO2アリーナを舞台に「TII」を開催する事を発表し、
4月15日に――
ロサンゼルスのノキア・シアターで、ダンサーのオーディションが開催されました。
そして、
リハーサルは5月から始まり、6月にはロンドンへ移動する予定でした。
その直前、5月30日――
かねてからマイケルも注目していた Britain's Got Talentの、3シーズン目、
決勝でスーザン・ボイルを破り、Diversityが勝利を勝ち取りました。
TIIの総合プロデューサーのケニーオルテガも
Diversityのパフォーマンスを熱心に観ており、、
そして、2009年6月1日――
マイケルは、彼らの勝利にゾクゾクし、
O2で行われる予定の
『TII』に、Diversityが一緒に出演することを望んでいると報じられました。
11人の強力なダンサーに大きなニュースが飛び込んで来たのです。
けれども・・

あああぁぁぁぁ、、、

あの、世界が泣き崩れた、6月25日が訪れるのです。

彼らは酷く打ちのめされました。。
その後、彼らは、多くのオファーを受け、TV Bizも行いましたが、
ペリー(当時13歳)とミッチェル(当時11歳)は、
BGTの後、すぐに通常の学校生活に戻りました。

彼らは、
ナイトクラブでのパフォーマンス、ツアーも断り、
「ドラッグはノーだ!」という意志を表明。
急激な注目や、マスコミの過熱報道によって、
一時的に消費され、sex&drag&rock'nrollに汚染されることを拒否し、
彼らは、それを態度によって表しました。
MJへのトリビュートダンスや、
フラッシュモブを行い、
また、国のChange4Lifeの活動を助け、
さらに、あらゆるジャンルのダンスの才能発掘番組Got to danceに関わり、
子供たちや家族のためにポジティブなメッセージを発信しています。
彼らのダンスは、
人種も年齢も多種多様なメンバーが絶妙に調和し、
爆発的なエネルギーを発散する――
私にとって、その姿は、
まさに、マイケルの作品に込められた精神が次世代によって体現され、
あの偉大な存在が、遺した命のその後・・ポジティブな未来が現在進行形で
繰り広げられているように感じるのです。