「イノシシが泳いどる」。
体長約150センチの大きなイノシシが犬かきで猛進していた。
中四国や九州地方で海を泳ぐイノシシの目撃例が後を絶たない。
漁師の方は「この辺りでは常識」という。
「10年ぐらい前からよく見る。島から島へ渡るという話もある」
奈良大教授(生物地理学)が、
06年から2年間、松山市沖約10キロの中島で、約20頭をDNA鑑定し、
イノシシが、海を渡り移住していると証明した。
その教授によると、もともとイノシシがいなかった中島では、
7、8年前から目撃されるようになり、海を泳いで上陸するのを見た人もいる。
四国と中国・九州地方ではDNA型が異なり、鑑定の結果、
中島のイノシシはすべて中国・九州地方の型だった。
渡ったのは間違いないという。
海を渡る理由は、
「飽和状態になったり、駆除で追われたりして、
新しいすみかや雌を求めて海に入る。
人間の経済、社会的要因が大きい」
と話している。
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野生の生きる力は、なんと逞しいことか!
本州のある海辺から、新天地をめざして、
海に入ることを決意して浜に立つ一頭のイノシシの
猪武者の眼差しは、
どんなだっただろう。。
人里に出没するオッコトヌシ・・
ニホンイノシシは、近年、増えつづけ、
とくに過疎地や高齢者集落において、
農林業被害を及ぼすことが問題となっている。
人間と野生動物の関係・・その縮図。。
たとえば、
愛媛のおいしい蜜柑は、
イノシシの駆除あって、私たちのお腹にはいるのだなぁ・・。
つまり、野生動物保護の視点から
ヴィーガンのライフスタイルを厳守していようとも、
農作物を口にする者も、私たち「モノ食う人」は、
みな、動物の命を頂いていることになるのですよね。。
つまり・・そういうことなのです。。
すべては、繋がっているのだから。。
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イノシシの駆除の話に、まつわり・・
ふと、昨年、
お知り合いの日本画家さんが、
学生等をあつめ、
駆除されたイノシシから、
膠(ニカワ)をつくる 実験をなさり、
非常に良い膠が作れたというお話を思い出しました。
この実験は、駆除された猪の生皮から、
いわば、煮こごり、、
膠をつくるのですから・・
想像以上の相当にワイルドな 作業なのです。
イノシシの皮膚は、防弾チョッキのように頑丈で、
銃弾が、皮膚で止まって食い込んでいるのを見つけたとか。。。(゚Ω゚;)
しかし、なぜ、そんな実験をしたのかというと・・
美術、工芸に広く使われた「和膠」という優れた日本古来の材料が
失われようとしているからなのです。
これを作る技術を遺さなければ、文化財の修復もままなりません。
「和膠」とは、
日本画の画材や、工芸品、楽器つくりなどにつかわれる、
いわば、ボンドのような接着剤ですね・・
美しい美術品や、美しい音色を響かせる楽器は、
膠なくして作れないのです。
しかし、和膠は、手軽な「洋膠」に取って代わられ、
一昨年、伝統ある和膠の製造が、最後に残った職人の廃業で
ついに事実上、途絶えてしまったのです。
工業生産された洋膠は、
不純物のすくないものなのですが、
これが、逆に、柔軟性に乏しく、割れを起こしやすい上、
低温でのゲル化が早く、作業性も悪いのです。
それに比べ、和膠は、職人の手業によるもので、
不純物の混ざりのほどが良く、これを回避できるという
優れたもので、さらに顔料の本来の色の発色も良いのです。
このような「和膠」や、
絵筆に使われる動物の毛も、どこからきて
どう作られるのか?
このつくり手は、被差別部落の民であったということも
知らねばなりません。
以前、このブログでも書いた
映画「アレクセイの泉」の監督、本橋成一さんの写真家としての仕事の中に、
他には例のな大阪・松原の屠場で働く人々を約30年にわたって記録 した
写真集「屠場」がありますが、
人々から忌まれ、穢れを恐れられる生業の現場、
人間が動物の生命をもらう現場には、
陳腐な偽善の欠片も入り込む余地はない。。
ただ、ありのままの真実が写し出されています。