「アレクセイの泉」の神様 ~母なる女神 | ☆Dancing the Dream ☆

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チェルノブイリ原子力発電所の大爆発によって、
最も深刻な放射能汚染被害を受けた ブジシチェ村。
そこには、100年かかって、森林にしみ込んだ水が地下水に成り、
泉となった、放射能による汚染が検出されない「奇跡の泉」がありました。

村人たちが、神さまに守られた水として、
拠り所にする泉には、
小さな祠に女神が祀られた、屋根付きの木製の柱が建てられています。

これには、いったいどのような意味があるのだろう?と
この可愛らしい佇まいの女神の柱にとても心を惹きつけられました。

そして、、
リトアニア出身で、ナチスドイツの侵攻で亡命し、
カリフォルニア大学で教鞭をとった女性考古学者、マリア・ギンブタスの著書、
「古ヨーロッパの神々」の中から、
彼女の祖国リストニアにみられる「柱十字」の研究に着目して、
ブジシチェ村の村人の、今尚、キリスト教と混在して残る「母なる女神」への
信仰が持つ意味を考えてみました。




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「アレクセイの泉」のチェルノブイリ生神女


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マリア・ギンブタスは、主に南東ヨーロッパを中心とするヨーロッパ全域から、
何万点にも及ぶ膨大な遺跡を発掘し、古ヨーロッパにひそむ母権的世界観が、
ヨーロッパの父権的な世界観にはるかに先行して、
長期にわたって醸成していたという新しい説を提唱した考古学者である。

紀元前7000 年から3500 年頃に、南はエーゲ海およびアドリア海とその島々、
北はチェコスロヴァキア、ポーランド南部、ウクライナ西部に及ぶ地域に
展開していた前インド=ヨーロッパの文化を「古ヨーロッパ」と呼び、
その社会のしくみや宗教は、母系的なものが尊重され、
戦争を好まず平和に暮らし、貧富や階層の差が少なく、
男女の協調関係が保たれ、独特の文化が形成されていたという。

すでに、農耕や芸術、冶金や製陶などのさまざまな技術が発達し、
都市が形成されており、その芸術を見ると、戦争や暴力を賛美する文化ではなく、
自然の豊かさや美しさをたたえる文化がはぐくまれていたことがわかるというのだ。
そこでは、後の文明におけるような、男性の神が崇拝されていたのではなく、
自然の豊かな力をつかさどり、象徴するものとしての、女神が崇拝されていたのだ。

殊に自身の誕生の地であるリトアニア、そして、バルト地域さらに隣接する
スラヴ地域に対する研究は、きわめて重要であり、 
ヨーロッパでもっとも遅く、14 世紀後半にキリスト教化したリトアニアでは、
太古からの多くの異教的信仰が根強く残り 20 世紀になっても、運命の女神はじめ
多くの精霊や神々ならびに各種自然物が崇拝対象としてフォークロア化していた。

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特に注目するのは、リトアニア各地に林立する各種の「柱」―十字、
墓標をはじめとして、屋根や小さな祠が付き、装飾と文様のあるポールである。

それは一義的には十字架を指すが、同時に、キリスト教以前の信仰を継承し、
キリスト教受容以前と以後の観念世界の「混交」が生み出した記念碑である。

多くの場合、木製の柱=十字架の最上部に鉄製の十字架や抽象的な文様からなる
装飾物がそびえ、柱の中ほど、または、頂上部に礼拝堂を思わせる小さい祠が
取り付けられ、その中に、聖母・聖人の木彫像が安置されている。

あるいは、直立した高さのあるポール最上部に太陽や動植物、
鳥や太陽を文様化した大輪が取り付けられたものもある。

ギンブタスは、この柱の形状、付属物や装飾、文様のシンボリズムを解き明かした。

柱は、宇宙樹・世界樹、つまり、「大地から天国へ伸びる」木として、
あるいは「天国と大地の中央に立ち、宇宙をしっかり支える」枯れない植物として、
あるいは「カルヴァリー(髑髏の意≒墓)に植えられた生命の木」として描かれてきた。
つまり、生と死のダイナミズムのダイナミズムを表したというのだ。

この社会の神は、男性でなく、女性であったことに大きな特徴がある。
女神たちは、誕生・生・死・再生を循環させる、宇宙の力の象徴で、
それは生命を与え、その働きを励ます力でもあった。

また、絵画や芸術に見られる彼らの考え方は、自然を尊び、自然の生命の循環を
尊いものとする考え方で、季節のめぐりや、新しい生命の誕生などが、人々に
豊かさをもたらすものとして、たたえられたのである。
したがって、性や生殖が、新しい生命をもたらす大切なプロセスとして、
尊ばれたのだ。

しかし、後の時代、紀元前4,500年ころから2,500年ごろにかけて、中央アジア
方面からやってきた遊牧民族に、次々に滅ぼされてしまった。

この遊牧民族の社会は、男性によって支配されており、女性の地位はとても低く、
戦争と侵略を好み、社会は軍事用に組織され、男性たちの間にも厳格な階層性が
形成されていた。
この階層は、強い男性が弱い男性を暴力や規律によって支配するというやり方で
維持され、国家間でも、恒常的に戦争が行われた。

性と生殖は、男性によって厳格に管理され、出産やそれを行う女性は、汚れや
卑しいものとされ、性の交わりは、男性による征服を示し、女性への性暴力の
多くは正当化された。

このようなコンテキストをもった遊牧民族が、古ヨーロッパ社会を侵略してゆき、
彼らの厳格な男性優位の家父長制型の社会を広げていったのである。

やがて、女神の信仰も、男性神の信仰へと暴力的に、改宗させられていき、
支配階層によって神話が書き換えられ、
社会の価値観は大きく転換させられていった。

マリア・ギンブタスの、「大地信仰ならびに大地母神・女神・大母崇拝の元に
形成された、古ヨーロッパ社会は、平和と平等を指向する女性優位社会である」と
いう仮説は、現代が尚その文脈を継ぐ、男性優位の父権的な世界観に、
はるかに先行して、あるいは、人間のもっとも最古の、かつ根源的な観念形態として、現に存在したことを指し示すものだ。

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さて、
今まで、私たちは、人類社会は、延々と歴史的に家父長制の社会、支配者形態社会を形成して来たと教えられてきました。

しかし、キンブタスは、古ヨーロッパの社会は、母権的社会が築かれ、
暴力を排した、協調社会が現実にあったのだと報告しています。

事実、父権社会の家父長制の支配構造の中では、暴力と戦争は、絶え間なく、
人間の生命活動を世話し循環させる活動に対しても、価値を低く見て、
これに対して評価や援助をしない、という傾向にあるのではないかと思います。

彼女の女神崇拝は疑問視され、古ヨーロッパも決して平和な社会ではなかったとの指摘がなされ、その主張に対する批判も多いとも言われています。

決して、女性が平和的で、男性が破壊的な存在と切り分けるものではなく、
男女という最小単位の人間関係が、平等であり、生命を尊重し、子供を産み育み、
力づけることを最も大切にし合うならば、社会を運営する折に、階層が生まれても、
男女の間だけにとどまらず、この協調関係は、社会全体に波及でき得るものなのかもしれません。

「アレクセイの泉」とは、
村人の自然への親しみと畏敬、ゆだねられた信頼に基づき、
人間同士にとどまらず、動物、植物、命ある全てのもの、
とりまく全てと協調して循環していく世界観の象徴なのかもしれません。

現実に、もっとも命を脅かされた土地で、そういう生き方ができるということに
希望を感じ、破壊へ突き進む状況にある日本に暮らす私たちは、
今何をすべきなのかの、大きな指針になると思いました。



先日、記事にも揚げた、モダンアート屋の村上隆氏の、
「芸術起業論」や「芸術闘争論」などは、正に、この支配構造の中で、
勝ち抜くことを目指す持論を展開し、
彼は、自身が師となり、徒弟制度を敷く、家父長制の延長上のような集団をつくり、
後進の若者たちを教育し、世界に厳然とある階層を登り、日本の芸術を
ハイアートのなかで地位を得ることを目指しているようです。
彼は、子供についてこんな発言をしていました。
「ともすると無責任に、先生や親御さんが、
 友達みたいに子どもと接してしまっています。(中略)
 親からすると、「子どもと対等に接してあげる」という思いやりかもしれませんが、
 それをやっているがゆえに、子どもは、「親を敬う」とか
 「自分は育ててもらっている」ということも理解せず、
 社会のヒエラルキーや構造も知らないままに、成人してしまう。
 私は、日本の最下層階級のどちらかといえば貧乏な、
 普通といえば普通の親に育てられて、
 そんな人間が普通に生きていくには、いろんな葛藤があったという事実を
 私と同じようなクラスター(集団・群れ)の人間に伝えようとしてきました。
 そうしたら、結構コンフリクト(葛藤、緊張)が生まれたわけです。」

私が、彼の作品に嫌悪感を感じる根っこは、
この彼の心に巣食った暴力性なのだと思います。

村上隆氏は、橋下徹氏の大阪維新の会の政治マニフェストに賛同して、
ツィッター上でも仲良しですが・・
暴力を肯定する思想を、根本的にお持ちなのだということを
感じずにはいられません。

最近、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部の男子生徒が、
顧問の男性教諭に受けた暴力によって自殺をした問題でも、
橋下徹氏の発言は、子供への虐待、暴力を認めるものでした。

暴力は、決して許せません。








「パヴァロッティ&フレンズ2002
  ~アンゴラの子供たちのために 」で歌われた
 ジェイムズ・ブラウン&パヴァロッティの"It's A Man's World" (Live)


キラキラIt's a Man's World-James Brown & Pavarottiキラキラ
                          *JB
                          *パヴァロッティ

This is a man's world,
this is a man's world
but it wouldn't be nothing,nothing,
nothing without a woman or a girl
この世界は男の世界
この世界は男の世界
でも意味のない世界になってしまう 一切 無意味だ
女たちがいなければ

You see, man made the cars
to take us over the road
Man made the trains
to carry heavy loads
Man made electric light
to take us out of the dark
and man made the boat for the water,
like my Bible says Noah made the ark
男は車を作った
どこまでも行けるように
男は列車を作った
重い荷を運ぶために
男は電灯を作った
我々を暗闇から解放するために
男は船を作った
ノアが箱舟を作ったように

This is a man's world
but it wouldn't be nothing, nothing,
nothing without a woman or a girl
この世界は男の世界
でも意味のない世界になってしまう 一切 無意味だ
女たちがいなければ


l`uomo rincorre il potere ma lui non sa
che il grande limiti ad essere come si parrà
nel palmo stringe un`idea che non vive
che nella sua fantasia volle
se non si accorde che poi
nulla ha più senso te si vive solo per sè 
英;(→ Man runs after power but
He doesn't know
The great limitations he places upon himself
In his fist (selfishly) he keeps an idea
An idea that is alive
Only in his fantasy;
(still) he runs…)
男は権力を追い求める
だが、男は知らない
振り上げたものに重大な限界があることを
自分の握り拳に思想を持ち続ける
思想は満ちる
ただ幻想のなかで
男は尚、走る


Man, thinks about a little bitty baby girl and a baby boy
Man makes then happy
'cause man makes them toys
and after man made other things he can
Man makes lira, pesos, dollars, rupees
to buy for every good woman from every man
男は幼い娘を想い
息子を想う
男は子供たちを幸せにする
玩具を作ってやるから
男は作れるものはすべて作った後で
男は金を作った リラ ペソ ドル ルピー
他の男から買うために
いい女に買ってやるために
 
Nulla ha più senso se si vive solo per sè
solo per sè
英;(→All this makes no sense
If you live all by yourself)
その全てが無意味なのだ
自分だけのために生きるなら


He's lost in the wilderness,
he's lost in bitterness
男は荒野で道に迷い
男は苦しみの中で自分を見失う

Se non si accorde che poi
nulla ha più senso se si vive solo per sè
solo per sè......
英;(→ And he doesn't see that
All this makes no sense
If you live all by yourself (or only for yourself))
男は解らない
その全てが無意味だということを
自分だけのために生きるなら


This is a man's world......
この世界は男の世界