慌しさから逃れて・・ボンヤリINVINCIBLEのライナーノーツを久しぶりに見てました。
今まで何の気なく見ていた、そこに記された彼のメッセージを読んで・・
涙が止まらなくなりました・・・・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
INVINCIBLEが、またもや今までと別物に感じてきました。。
とりあえず、とりとめもなく・・備忘録です。
■INVINCIBLEは、Oct/1997から書き始め、最後の"You Are My Life"のレコーディングが終わったのが、リリースのわずか8週間前のAug/2001でした。
約3年の間、ミレニアムを見晴るかして推敲を重ねて制作した作品です。
テディライリーを介して出会った、当時若干19歳のロドニー・ジャーキンス(後にビヨンセやレディ・ガガのアルバムも担当)が、メインプロデューサーを勤めます。彼は、葬儀後に受けたインタビューで制作の舞台裏を語りました。
(詳しくはこちら→http://www.vibe.com/mt/2009/09/rodney-jerkins-talks-mjs-last-studio-album-invincible)
彼曰く、マイケルは、聴いた事もないような音、未来的なものを求めていた。このアルバムは長すぎるのでは?という問いに・・僕は「10曲にしなきゃ。って言ったんだけど。わかんないけど・・・彼は最後のアルバムになるって感じてたのかもしれない。」と答え、「インビンシブルは再発売する必要あると思う。レコード会社(ソニー)に何か屈託があって、アルバムのプロモーションを止めたんだ。僕たちがあれほど誠心誠意を込めて作ったのにね。マイケルは5本ほどシングルを用意してたんだ。でもそれが拒否され、彼は混乱したんだ。」と述べました。
未発表の制作風景の映像も存在するらしい。。いつか陽の目を見ることがあるのかもしれません・・・。
■ライナーノーツのマイケルのメッセージ
"This album is dedicated to Benjamin ‘Benny’ Hermansen. May we continue to remember not to judge man by the color of his skin, but the content of his Character. Benjamin … we love you … may you rest in peace."
「このアルバムは、ベンジャミン‘ベニー’ハーマンセンに捧げます。
肌の色によって評価するのではなく、彼の人格の深さによって 評価するということを心に刻み続けようと申し上げさせてください。
ベンジャミン・・僕らは君を愛しています・・
どうか安らかにお眠りください」
"This album is also dedicated to my grand-mother,Nicholette Sottile..i love you..your grandson,Michael"
「このアルバムはまた、私の祖母、二コレット・ソッティルに捧げます
・・愛しています・・あなたの孫息子、マイケルより」
"Deepest gratitude to my Parents,Joseph and Katherine,for their love and support,inspiration and caring..I love you dearly..thank you for conceivivng me.Your son,Michael'
「私の両親、ジョセフとキャサリンに深く感謝します。
彼らの愛と助け、激励と思いやり・・
心からあなた方を愛しています・・産んでくれてありがとう。
あなた方の息子、マイケルより」
"To Prince and Paris..You give me the greatest joy I have ever known in my entire life.I love you both from the bottom of my heart..now and forever.."
「プリンスとパリスへ・・
君たちは私の人生でかつてない最高の喜びを与えてくれました。
君たちを心の底から愛しています。今も、そして永遠に・・」
L.O.V.E
■改めてこのメッセージに泣けました

マイケル・・・このメッセージは何ですか?

これでは、とてもプライベートな遺言のようではありませんか!?

スーパースターとしてではなく人間マイケル・ジャクソンとして深く心を交し合った人々にこれだけは言っておかなければ・・というようなメッセージです。・°・(ノД`)・°・
Benjamin ‘Benny’ Hermansen君とは誰?ベニー君はオマール君の友達だったのですから、殊更ですね(ノ_-。)
差別に対する思いだけではなく、血縁に関係なく子供のように、弟のように可愛がっていた親友オマール君の悲しみに深く共感し、彼の友人の死を悼んで寄せたメッセージですね。優しいお兄さん・・・。
ベンジャミン君とは、01年1月にオスロ市内で、ネオナチのグループに刺殺されたガーナ出身のアフリカ系の少年。母親はノルウェー人で、同じくオスロ出身のマイケルの親友Omer Bhattiとこの少年は、友人であった。彼の葬儀では、友人によって書かれた 「Song to Benjamin」という歌が捧げられ、Noora Noor(ノルウェーのソウルの女王)やBriskeby(ノルウェーのポップバンド)などによって、後にレコーディングもされた。
マイケルのメッセージは、キング牧師のスピーチの一部・・
「I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not judged by the color of there skin but the content of their character.
私には夢がある。いつの日か私の幼い四人の子どもたちが、彼らの肌の色によって評価されるのではなく、彼らの人格の深さによって 評価される国に住めるようになるであろう。」
この文言を引用しているのではないかと思います。
このメッセージを読み、日本で、ちょうどマイケルが初のソロツアーBad Tourが1987年9月12日より開始された矢先の出来事を思い出します。同年9月14日、群馬県高崎市で幼稚園児の荻原功明ちゃん(当時5歳)が誘拐、殺害されるという事件が起きました。よしあきちゃん誘拐殺人事件・・・これを新聞で知ったマイケルは、大変悲しみ、急遽プログラムを変更してステージで哀悼の意を捧げます。
事件から1週間後の9月21日の夜「大変痛ましく思っています。こんな悲しい出来事が二度と起きないように…功明ちゃん、安らかに眠ってください。今日ここに集まっている人たちに聞いてもらいたいことがあります。事件を聞いて気の毒に思いました…。功明ちゃんのご両親に逢ってお悔やみの言葉を送りたいと思っています。…功明ちゃんへ 日本での全ツアーを君にささげます。」と「I Just Cant Stop Lovin' You」を歌ってくれました。まだマイケルジャクソンの人柄を良く知らない日本中が、若き黒人のスーパースターの優しさに心打たれ、彼を大切に歓迎しました。
Nicholette Sottileお祖母ちゃんとは誰?どうやらマイケルの実のお祖母ちゃんには、Nicholette Sottileという名前の方は存在しないようです。どこの誰かは存じませんが、マイケルをスターとしてではなく、孫息子のように愛してくださったのですね!苦労の多い彼に安らぎのひと時を与えて下さった心優しい方だったのでしょう。ニコレッタおばあちゃん、ありがとう

海外サイトでこんな記事があった。ザックリとしか訳せませんが・・(マチガイがあったらお許しを・・)
『Que yo sepa, y según todas las biografias a las que he tenido acceso de la familia Jackson, MJ nunca ha tenido una abuela con ese nombre; los padres de Katherine se llamaban Prince Albert Screws y Martha Upshaw.
私が知っている市販のジャクソンファミリーについて描かれた伝記には、けしてMJにこの名前の祖母はいない、キャサリンの両親は、プリンス・アルバート・スクリュー(Screws)とマーサ・アップショーと呼ばれていた。
La madre de Prince Albert, se llamaba Julia, y la madre de ésta (la bisabuela de Michael) se llamaba Mary.
プリンス・アルバートの母、マイケルの曾祖母は、メアリーと呼ばれていた。
El apellido de la familia pasó a llamarse Scruse tras dejar el estado de Alabama.
ファミリーネームは、アラバマ州を出た時、スクリューズ(Scruse)と改名された。
Martha Upshaw, al separarse y volverse a casar con otro nombre, pasó a llamarse Martha Bridgett.
La madre de Martha, la bisabuela de MJ, la solian llamar Matti´s, que el diminutivo de Josephine.
マーサ・アップショーは、離婚し再婚して別の名前、マーサ・ブリジットと改名した。
マーサの祖母、マイケルの曽祖母は、マッティーという愛称で呼ばれ、ジョセフィンの略です。
Por parte de padre; el papá de Joe era Samuel Jackson, y su madre se llamaba Crystal Lee Jackson (su apellido de soltera era King).
父方は、ジョーの父はサミュエル・ジャクソンで、母はクリスタル・リー・ジャクソンです。(彼女の旧姓はキングです。)』
丹念に調べられているので、実の祖母ではないのでしょう。
Nicholette Sottileは、イタリア系の名前らしく、イタリア系の名前を持つマイケルが家族同然に親交していた家族と言えば、シシリー出身とされるあのカシオ家であり、彼らの縁故のお祖母ちゃんではないかと推察している海外ファンもいました。
どうでしょうか~
どなたでも良いです。マイケルをただ孫のように思って可愛がってくださった方なら。。■カシオ家とは?
長い間、親交を公にせず、マイケルとごく普通の友人、家族として和やかな時を過ごして下さったご家族だったのですよね?
どうか、変わらずに彼の真心を大切にしてあげて下さい。
(ここでカシオ家様に、一筆啓上申し上げてもしょうがないんですけどね・・(-"-;A)
彼とセッションをしたプロミュージシャンは、無数に存在するのでしょう。
もう、作品の完成をジャッジする人が逝ってしまった今、これから出てくる未発表曲は、彼の歴史の資料と考える他ないのでしょうね。
マイケルはどう思うだろう?
この絵本のお話を思い出しました。

The Giving Tree (おおきな木)シェル・シルヴァスタイン
↓とりあえず、カシオ家、備忘録の一部
『Frank Cascio, an entrepreneur and music producer who knew Michael Jackson for more than
twenty-five years, including serving as his personal manager for nearly a decade from the '90s
into the '00s. During that time, Cascio developed and co-produced the Michael Jackson 30th
Anniversary Celebration, Madison Square Garden, was co-producer and creative director of the
Michael Jackson Interview: Footage You Were Never Meant to See, executive producer and
creative director in collaboration with Brett Ratner on Michael Jackson Private Home Movies,
which aired on Fox in 2003. He splits his time between New York, Los Angeles, and Germany.
企業家で音楽プロデューサーでもある、フランク・カシオは、25年以上もの間、マイケル・ジャクソンと知り合いだった。
それは、1990年代から2000年代のおおよそ10年の間、マイケルのパーソナルマネージャーを勤めたことも含めてだ。
その間カシオは、マジソン・スクエアガーデンでの『マイケル・ジャクソン ソロデビュー30周年記念コンサート』を共同製作し展開したり、『The Michael Jackson Interview:Footage You Were Never Meant to See(邦題 裏切られたマイケル・ジャクソン)』の共同プロデューサーとクリエイティブディレクター、また、『Michael JacksonPrivate Home Movies』では、Brett Ratnerと共同で、エグゼクティブプロデューサーとクリエイティブディレクターをやった人物だ。
これらは、2003年にFox において放送された映像である。
彼は、ニューヨーク、ロスアンジェルス、そしてドイツを股にかけて活動している。』
2010年12月15日に日本でも発売された(アメリカは14日)マイケル・ジャクソンの未発表曲を集めた新作『マイケル』。マイケル死後に発表されたこのアルバムは、全10曲のうち、特にカシオ・ファミリーがその元を作った3曲について、ジャクソンファミリーや彼の音楽仲間、ファンの間で、声の真偽が疑わしいとする話題で騒然となった。
ドミニク・カシオ(父)、コニー(母)、フランク(長兄)、エディー(次男)、マリー・ニコル(妹)は、テディ・ライリーと共に、オプラの番組に出演し、これについてきっぱりと否定し、テディーは、不完全な作品を世に出すことはマイケルの本意ではないのではないか、という質問には、「これは完璧なものではない、だが、これはマイケルであり、マイケルのアート(芸術)だ。僕たちは彼のレガシー(伝説)を生きさせなければならない」と語った。
このカシオファミリーの父ドミニクは、ニューヨークの名門ホテル、ヘルムズレイ・パレスでコンシェルジュをしていて、そのときマイケルと知り合った。その頃まだエディーとフランクは3歳、5歳。1984年~85年頃。エディーがピアノを習い音楽に興味を持ち出すと、マイケルが音楽の先生のような存在になった。自宅に「洗練されたスタジオ」(これはオプラの皮肉で、実際はデモテープを録る程度の質素なスタジオ)を作り、そこでいろいろ録音した。2007年夏から11月くらいにかけて、12曲ほど録音した。
ちなみに、エディーはソニー/ATVミュージックでソングライターとして契約している。
長兄フランクは、Frank Tyson(フランク・タイソン)と名乗ることもある。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
マイケルのメッセージを読んで、
何者であるかなど関係なく・・
ただ、そこにいてくれることが嬉しくありがたい・・それだけがたいせつ。
涙の後で、そう感じました。
よい夜を・・・
