今日も山形に滞在しています。
前回来たときは宿泊しなかったので
自分の地図を埋めるように
あちこちへ行っています。
今日8月2日はこの旅を計画するきっかけとなった
阿部さんのソロコンサートでした。
重要文化財である山形県の旧庁舎と県会議事堂を保存公開している
文翔館で行われました。
阿部さんは文翔館で何度かソロコンサートを行なっています。
3年前の2022年のお誕生日当日にも開催されています。
そのときの私程度のファン度合い(?)では
貴重な枠を埋めてはいけないと
謎の遠慮をして申し込みすらしませんでした。
この辺りに少し書いてます▶︎世界は共鳴する<pp vol.12>【2022年9月・大阪】
すごく簡単に言うと
自分が望んだのにあきらめさせたのです。
この後、空調工事の関係で
ppはしばらく文翔館では行われませんでした。
2022年に申し込まなかったことを
ずっと悔やみ続けていました。
ビルボードで開催されるppも
とても素晴らしいです。
でも文翔館で見たかった。
このときの「できなかった」は
私の中で澱のように残り続けていました。
どれくらい残っていたかというと
その年の10月に当時山形に住んでいた友達を誘って
わざわざ文翔館に行ったくらいです。
未練たらしく議場ホールを撮った当時の写真
今回、文翔館でppが行われると聞いたとき
予定?知らん。どうにかなると
脊髄反射か何かのように秒でチケットに申し込みました。
そして今日というわけです。
阿部さんのソロはいろいろな仕掛けを用意してくれているので
毎回とても楽しいのですが
今日は1stも2ndもわりと泣いてました。
何かを望んで、でもできなかったとき
なんとなく自分の中にマイナスが生じたと感じる方は多いのですが
「何かをできなかった」も1つの体験です。
私は2022年のときに
文翔館でのコンサートに参加できませんでした。
けれどもその「できなかった」がなければ
今回来られたことを今日のようには感じられなかったかもしれません。
議場ホールで阿部さんの音を聞きながら
ああ、これを3年前は経験できなかったんだなと思ったら
今日、自分を連れてこられた自分にとても感謝したいと思いました。
できなかったことも得られなかった何かも
全部「無」ではないのです。
できないや得られないを恐れて
失敗しないほうばかりを選ばれる方もおられますが
「できない」もあっていいんだよと
お伝えしたいなと思っています。






