はしもとみわです(^^)
(過去記事を修正して
再アップしています)
口数の少ない子どもだったわたしが
絵でおしゃべりしていた
それを決定づけたできごととは?
シリーズでお届けしています
今日は
「絵でおしゃべりしてたんだ」と
気付いたことのお話。
小学2年生のとき
日曜日のお昼にテレビを見ていたら
火事だったかガスだったか…
事故で、同級生の自宅が
被害にあい
亡くなったというニュースが流れました。
びっくりして
その子の家の前に行ったら
青いビニール
ひとだかり
警察、救急車
たくさんの人がいて
わたしは遠くからしか
見ることができなませんでした。
その2日後くらい
お葬式があり
クラス全員出席したのです。
わたしは特に
その男の子と
仲がいいわけでもなかったのですが…
「子どもも死ぬんだ」
ということが
はじめてわかったんですよね。
それまでは
死ぬのは年を取った人だけだと
思っていたから。
子どもも、死ぬ。
それがとても怖くて
でも実感もなくて
しばらくは世界が白いもやで
包まれたように感じていました。
なんというか、ふわふわとした
現実感のないような感じ。
同級生が読む
送る言葉も
泣いている子を見ても
なんだか実感がなくて
本当にそれが真実なのかが
わからなくて
ぼーっと立ったままでした。
それから1カ月くらいの間
わたしはこんな絵を描いていたんです。
主に、テレビを見ながら。
お笑いやアニメ
楽しいものを見ながら
手は、この絵を描いていました。
無意識に動いていたのです。
描けた絵は
両親の寝室の雑誌ラックの間に
突っ込んでいました。
テレビをその部屋で
見ていたからかもしれないけれど
わたしは
口で言えない
悲しみややりきれなさ、
怖さ、どうしようもない気持ちを
両親に伝えたかったんだろうな…
でも、面と向かっては言えなくて。
第一、なんて言っていいか
言葉にすることもできなくて。
だから、ラックに突っ込んでいたんでしょうね。
ひょっとしたら、両親が
それを見るかもしれない場所へ。
これは強烈な
思い出として残っていて
後に子どもの自由な創作スペースの
講師として働き出した時に
「絵は心を表している」
ことを、実感として思い出したんです。
言えない感情を
絵として出すことができる。
だからこそわたしは
その後にもたくさんあった
ストレッサーに
立ち向かうことが
できるようになったのかもしれません。
まあ、結構ヘビーだったんですけどね(笑)
また続きます♪
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