合わないものに我慢して合わせる必要はないし、
だからと言って、自分本位の主張をするのではなく、
たとえ憤りを感じる場面でも
その人も今はそうせざるを得なかったんだろう、と思える人が好きです。
それでも、私もすぐ腹を立てたり、イラっとしたり、まだまだまだ。。
長年、母との関係に悩んでいました。
いろんなことがあって私が6歳の時から
(と言っても、私を妊娠した時にはすでに同じ状態)
シングルマザーとして生きて、
必死ゆえに、精神的にもヒステリックになりやすく、
考え方も狭くて、自分の考え方こそが正しいのに誰もわかろうとしない、という
いわゆる逆次の典型例でした。
※逆次というのは、自分をあきらめず世界をあきらめている考えの人
心配されるくらい家事や仕事に一切手を抜くことはなかったし、
仕事は小学校教諭で、大変ながらも安定した職種ではあったので、
社会上はなんの問題もなかった。
ただ、家庭内では、いつも、
自分がやってもやっても満たされない想いや不満ばかりヒステリックにぶつけていて。
そんな母が、私が20代に長いこと病気になったあたりから少しずつ変わり始めた。
この人に、こんな、どんな人間のことも受け入れる隙間があったんだ、と初めて思った。
かれこれ、私が病気もよくなって、
35歳に再婚すると言った時、
また、1人娘を一生懸命育てて、病気の間も支え続けたのに
どうして、嫁に出さなくちゃいけないのと、自分の主張を始めて、結果、私は勘当となった。
闘病の最中はホントにさんざんだったから、よくなったと思ったら再婚か、と
思ってしまう気持ちもわからなくない。
でも、どうしても、母の自己本位な主張に聞こえて、それには従えないと思った。
それから、初孫が産まれて、母も可愛くてたまらなくなり、
再婚したダンナと同居してる姑がどれだけ支えてくれているか
私もよく報告するようにして、
最初は嫁ぎ先の話なんて聞きたくない顔をしていたけれど、
4年・5年と経つうちに、本当に、ダンナの存在が私にとって大きいこと、
実家の雪片づけをダンナがしょっちゅう手伝いに行ったり、
それは、本当に、1人暮らしをしている母を、いつでも何かで支えようと私たちが思ってること、
だんだん伝わったらしい。
そして、長年苦しめられていた親戚の人間関係も、
自分がストレスを感じるやり方は、
母自身が選んで、やめていった。
今は、私に、母が自分の考え方を押しつけることも、同じやり方を強制することもない。
私は、母を信頼できるようになったし、
母も私を信頼してくれているのがわかるようになった。
こうなったのも、ここ1、2年に最後の大きな流れがあったからだけれど、
その都度、逃げずに向き合ってきたからかもしれない。
一度、母を、完全に私の中から切り離すことをしたからかもしれない。
ただ単に、今が、やっとそういうタイミングが来ただけなのかもしれない。
でも、なんだっていい。
母が、口を開けば、誰かのせい、世の中がおかしい、私はこんなにやってるのに、
と言わなくなっただけで、
誰にも振り回されず
「自分」を生きてるのがわかる。
そして、それは私も。
1年くらいかけて起業をすることで、何回も自分の至らなさ、凄さに触れて、
「自分」を知ることができた。
この1、2年で思ったのは
自分が変わる時は、必要そうに見えるだけで本当は自分の足かせになってるものを
捨てることから始まるのかな、ということ。
不要な人間関係を捨てる
不要なものを捨てる
今までの思い込みを捨てる
なんにも冷たいことじゃない。
きっと、そうしないと、
本当に必要なものに気づかなかったり、
入ってこないんじゃないかなと思う。
私もそうしてみて、
今は、かけがえのない家族と仲間と
お客様に恵まれている。
→その本については【自分を深く】
『私が尊敬するのはその人の
能力ではなく、生き方であって、
知識ではなく、行動なんです。』
今日21:00に、起業講座14をアップします

