とげるやで。今日もみんな元気か?

 

羽生くん、宇野くん、すごかったな✨感動をありがとう~ビックリマークドキドキ

 

 

そんななか、全然話変わるけど😅

 

この前のブログを書いたあと、実はな、オレいろいろ考え込んでしまってんあせる

久しぶりに、「仕事」について考えてみたとげる

 

オレは、ダンボさんの中の一番ネガティブな人格、いや恐竜格なんやけど(笑)

 

この前のブログでも引用したこの記事を書いた2013年ごろから考えると

こんなオレでもずいぶん癒され、幸せになったなあ~って思ってん。

 

ダンボさんがどんどん癒され、幸せになってるから

ダンボさんの中にいるオレも自動的に、ネガティブながらも幸せになっていく。

 

それは当たり前のことやねんけど

 

もしオレの中から、トゲトゲであることのコンプレックスや、ネガティブさが薄くなってしまったら

 

オレ、同じように苦しい思いや悲しい思いをしている人の気持ちがわからなくなってしまうんじゃないかなあ、って不安になったんや。叫び

 

早い話、今のオレには、2013年に書いたこの記事のような、苦しみや悲しみでいっぱいな記事はもう書かれへん。

 

そうしたら、「ネガティブになっている人の気持ちがわかる」というオレの唯一のとりえがなくなってしまうんやないやろか。

 

・・・そんな不安をダンボさんに打ちあけたら

 

ダンボさんは、「とげるはやさしいんだね~ドキドキ」

って言ってくれた。

 

とげる「いや、やさしいとかじゃないねんあせる

オレ、2013年に書いたこの記事をほめられて、めっちゃ嬉しかってんけど

もうオレには、そんなほめられるような記事は書けなくなってしまったと思って、焦ったんやろな。

結局、自分のことしか考えてへんねんあせる」

 

ダンボ「わかるよ。幸せになっていくのは、1人の人間、いや恐竜としては幸せだけど

『表現者』としては、それでいいのかな、って不安に思うんでしょ」

 

とげる「そやねん。オレも一応、お笑い芸人やからな。

コンプレックスをバネにして、狂気を感じさせるような、そんな魅力的な芸人になりたいな、って思ってたんや」

 

ダンボ「私も以前は、自分の心が全然癒されていなかったから、その自分の苦しみや悲しみを表現できるような、暗~い作品書くのが楽しかったよ。

 

救いようのない悲惨な終わり方の脚本を書いた時もあったし、

『死にたいと思っている作家』の役を演じた時は、『悪魔のような芝居ですね』ってほめられて、嬉しかった。

きっと真に迫っている凄み、みたいなのがあったんだろうな」

 

とげる「うん、そういう作品も、それはそれで、魅力的やもんな」

 

ダンボ「そんなことを思っていたら、ちょうどね、happyちゃんと一緒にミュージカル「天の河伝説」を創られた脚本家、演出家の旺季志ずかさんが、ブログでそんな気持ちを言語化してくださっていてね。↓

 

 

プロの脚本家であり、宇宙の法則も研究されてる志ずかさんが同じように感じていらっしゃることを知って、ホッとしたんだ。

 

志ずかさんが、『そこを超えた場所で書くドラマってあるんじゃないか』っておっしゃってくださっているのを私も信じたいと思う」

 

とげる「うん、そんなドラマ、あったら見てみたいなあドキドキ」

 

 

ダンボ「私もまだ体験できているわけじゃないから、あくまでも予想なんだけどね・・・

 

きっとね、私たち、どんどん癒されて幸せになったぶんだけ、

自我が薄くなって

 

『もっと多くの誰かの想いの器』になることができると思うんだ」

 

とげる「想いの器?」

 

ダンボ「今まで自我で表現していた時は、自分の経験だけを手がかりに表現するしかなかったけど

 

自我が薄くなったら、きっと自分の身体を『媒体』のような感じにすることができて

集合的無意識が望んでいるものを表現できたり、その時に表現するべき何かが降りてくる、

みたいなことが起きるんだと思う。

 

だから今後、私がもし、『死にたいと思っている作家』の役をする機会があったら

きっとどこかから、『死にたいと思ったことのある作家さんたち』の魂みたいなものが、私の身体の中に降りてきて、力を貸してくださるんじゃないかと思っているんだ。

 

だから、以前より凄みがあるお芝居をすることも可能なんだと思う」

 

とげる「そっかあ。新たなレベルで、癒されていない表現もできるっちゅうことやな」

 

ダンボ「そうだよ。だから、とげる、安心しよう。

私たち、安心して、幸せになろっ音譜」

 

 

・・・ダンボさんとこの会話をして、

ようやくオレは、少しずつホッとすることができたような気がする。

 

 

オレは変わっていっても、いいんやなって☘️

 

 

まあどのみち、人も恐竜も、過去には戻られへん。

 

2013年のとげると2018年のとげるは、同じように見えても、けっこう変わった。↓

 

 

だから、2013年のとげるを羨ましく思うのは、2018年までがんばって生きていてくれたとげるに対して、失礼なことでもあるしな。

 

 

2018年のオレは、悲しみや苦しみが癒されたぶんだけ、周波数が高くなって軽くなり✨

 

身体の中に、だいたいスイカ3個ぶんぐらいの、空きのスペースができた気がする。↓

 

 

そのスイカ3個の中に、オレは誰かの想いを受け入れたい。

 

誰かの苦しみや悲しみ、喜びを受け入れて、それを表現して、生きていきたい。

 

そして、いずれはどんどん身体の中のスイカを増やしていければいいなあ。

 

それがオレの望みやビックリマークニコニコ

 

 

・・・ところで、またまた話変わるけど

 

「ゴジラのたまご」っていうスイカがあるの知っとるか?

オレもさっき、「恐竜、スイカ」で検索して知ったんやけどな(笑)

 

 

しかもめっちゃ甘くて美味しいらしいで!

 

 

オレは思った。

そっか、オレの憧れゴジラ先輩も、素敵な映画に出演して、みんなを楽しませて

 

幸せになって、周波数が高く、軽くなって✨

 

いっぱい身体の中でスイカを増やせたから、今ではみんなに食べてもらえるぐらいになったんやなあ、って。

 

オレも、「とげるのたまご🥚」っていうスイカを食べてもらえるぐらい、幸せになりたいなあ。

 

 

うん。そのためには、まずは「シン・とげる」っていう映画に出演せなあかんな。

 

 

ダンボさ~ん!

 

ダンボさ〜ん!

 

「シン・とげる」の脚本、書いてくれへんか~!?

 

(聞こえてないふりをして逃げ回るダンボを追いかける、とげるでありました)