今日は医師サイトに掲載されていた腫瘍内科医の高見澤先生の記事を抜粋してご紹介。
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その治療は何のため? 誰のため?
腫瘍内科医・緩和ケア医が考える「引き算の医療」
腫瘍内科医として、そして緩和ケア医として、日常診療の中で強く意識し、実践している「引き算の医療」についてご紹介したいと思います。
その治療は何のため?
重症であっても、高齢であっても、「まだやれることがある」「徹底的に最期まで病と闘うべきだ」と、死の直前まで侵襲の大きな治療を続ける場面を、私は少なからず目にしてきました。
とりわけ私の専門領域である進行がんの終末期においては、教科書やガイドラインに沿った正しい治療を尽くしたとしても、治療に反応せず、最期の時を迎えるケースが大半です。
亡くなる直前の時期においては、多くの治療が期待された程の効果を持たないと言っても過言ではないでしょう。
では、なぜ私たちは「最期の時まで闘い続ける医療」を選びがちなのでしょうか。
振り返れば、私たちは医学部時代から一貫して「治す医療」「病気と闘う医療」を学んできました。
一方で、治療を控えることについて、体系的に学ぶ機会は決して多くありません。
治療を控えることは「手を引くこと」「何もしないこと」と捉えられ、患者の死は敗北である、という認識を持つ方もいるかもしれません。
その結果、コストを度外視してでも、最期まで高度で侵襲的な治療を行うことが、「正解」として受け取られてしまうのではないでしょうか。
患者さんの側に立って考えてみても、現代社会では「死」が日常から遠い存在となっているため、亡くなる過程を具体的にイメージしづらいという側面もあるでしょう。
しかし、最期の時まで高度で侵襲的な治療を続けることは、本当に患者さんの幸せにつながっているのでしょうか。
「できることは全てやった」「最善を尽くした」という満足感は、誰のためのものなのでしょうか。
患者さんのためなのか、残された家族のためなのか、それとも主治医自身のためなのか。
目の前の患者さんに真剣に向き合うからこそ、時にゴールを見失い、誰のために、何のために治療をしているのか分からなくなることがあります。
「引き算の医療」という選択
検査や治療は、副作用や身体的な負担を生じます。
さらに経済的なコストも伴い、医療者のマンパワーも消費されます。
医師不足や医療費高騰が深刻化する現代において、医療資源を無制限に投入し続けることが適切なのか、そのような医療を将来にわたって維持できるのか、私たちは立ち止まって考える必要があります。
治療に反応する見込みが乏しい患者さんに対して、「できることは何でもやる」という発想のもと、検査や処置を積み上げていく「足し算の医療」ではなく、むしろ過剰とも言える検査や処置を一つ一つ見直し、そぎ落としていく。
そうして最適化された「引き算の医療」を、私たちは選択肢として持つべきではないでしょうか。
エビデンスやガイドラインは重要です。
しかし、ガイドラインに載っている治療が、全ての患者さんにとって、最善とは限りません。
私の専門分野である終末期の進行がん患者さんを例にすると、以下のような検査や処置は「引き算」の対象になり得ると考えます。
●厳格な血圧・血糖値管理
「ベッドサイドモニターで血圧を頻回に監視」
「血糖を毎食前3検、血糖値200 mg/dl以上でインスリン投与」
終末期の進行がん患者さんであっても、厳格な血圧や血糖値管理が継続されている場面を目にすることがあります。
しかし、血圧や血糖値管理の本来の目的は、長期的な合併症予防にあります。
長期予後が期待できない状況において、こうした厳格な管理を続ける意義は低いのではないでしょうか。
●電解質異常の補正を目的とした頻回な採血
「K 3.0 mEq/lと低値のためKCL点滴で補正、2日おきに採血フォロー」
終末期には、がんの進行や食事量低下により電解質異常を来すことは珍しくありません。
しかし、その異常が患者さんの苦痛症状につながっていないのであれば、検査や補正を繰り返す意義は乏しいのではないでしょうか。
たとえ、たかが採血であっても、針を刺す行為そのものが患者さんにとっては苦痛です。
終末期における検査は、最小限にとどめるべきでしょう。
●症状改善を伴わない、検査値のみを根拠とした輸血(倦怠感改善目的は除く)
「Hb 6.8 g/dlのため赤血球2単位輸血」
がんの進行に伴う貧血はよく遭遇します。
貧血による倦怠感があり、輸血によって症状改善が期待できる場合には、輸血は有効な介入となり得ます。
一方で、明確な症状改善が見込めない状況であれば、たとえ重度の貧血であっても、輸血を行う意義は乏しいのではないでしょうか。
輸血用血液製剤は有限な医療資源であり、適応は慎重に判断されるべきと考えます。
●明らかな感染兆候がないにもかかわらず、炎症反応高値のみを理由に投与される抗菌薬
「感染兆候ないが、CRP 5.0 mg/dlのため、抗菌薬としてセフトリアキソン開始」
腫瘍の進行そのものにより、炎症反応が高値となることは少なくありません。
明らかな感染兆候が認められないのであれば、抗菌薬投与は不要でしょう。
また、感染が疑われる発熱であっても、熱による苦痛が主であれば、抗菌薬を用いず、解熱剤による対症療法で苦痛緩和を図るという選択肢もあります。
●多量の補液
「食事量低下のため、維持液1500 ml/日を投与」
終末期には経口摂取量が低下するため、脱水や栄養不足を懸念して補液を行う場面があります。
しかし、終末期に多量の水分や栄養を投与しても、予後延長には寄与しません。
それどころか、浮腫や胸水増加、呼吸困難の悪化を招くこともあります。
補液は最小限(たとえば500 ml/日程度)にとどめることが望ましいと考えます。
●効果が期待できない抗がん剤治療
「80歳男性、進行胃がん、PS3、二次治療としてパクリタキセル+ラムシルマブ」
PSが低下し、治療効果が期待しにくい患者さんに対する抗がん剤治療は、米国臨床腫瘍学会(ASCO)が提唱するChoosing Wiselyキャンペーンにおいても、過剰医療の代表例として最初に挙げられています。
終末期やPS不良の患者さんでは、抗がん剤治療による利益は乏しい一方、副作用により日々のQOLは低下します。
場合によっては、抗がん剤治療がかえって死期を早めてしまうことすらあります。
中には、亡くなる直前まで抗がん剤治療を受けている方もいます。
しかしこの段階では、抗がん剤治療に固執するよりも、亡くなる場所や最期の時間の過ごし方を含め、「死」に向けた準備を進めることの方が重要ではないでしょうか。
以上に挙げた例はあくまでも一例であり、全ての症例に当てはまるものではありません。
ただ、これらの医療行為はエビデンスやガイドラインに基づくというよりも、従来の方針が漫然と継続されてしまっている側面も少なくないでしょう。
また、主治医が予後を十分に認識できていないことにより、患者さんの状態に対して過剰な介入となっている側面もあるでしょう。
目の前の進行がん患者さんが終末期にあることを再認識し、治療目標を適切に再設定するべきです。
主治医に求められる覚悟
引き算の医療を実施することは、医療資源の適切な配分に寄与するだけでなく、患者さんの幸せにもつながることでしょう。
一方で、その実現には、従来の「病気と闘う医療」からの治療目標の転換が不可欠です。
治療を控えることを「手を引くこと」と捉え、「患者の死は敗北である」との認識を持つ医師にとっては、大きな葛藤もあることでしょう。
また、患者さんにとっても、治療を控えることが「何もしないこと」と受け取られ、治療目標の変更に抵抗を示す場合もあります。
症例によっては、医師患者関係の悪化に至るリスクも否定できません。
こうした意思決定には密なコミュニケーションが不可欠であり、主治医にとって少なくない精神的負担があります。
このように、引き算の医療の実践には多くの葛藤やハードルが予想されますが、それでもなお、実践するためには、主治医自身が治療反応性を見極め、厳しい予後を直視し、その現実を受け入れる覚悟が必要です。
さらに、その現実を患者さんやご家族に伝えるという重い役割を担わなければなりません。
そのうえで、患者さんやご家族が「死」と向き合えるよう、支えていくべきでしょう。
主治医と患者さんの間のコミュニケーションが不十分な場合、進行がんであっても、自身の病状を過度に楽観視し、「治る」と誤解しているケースがあります。
既報では、根治不能な状況で化学療法を受けているがん患者の70~80%が、自身の病状が治癒不能であることを十分に理解していないとされています。
医学の発達は寿命の延長に大きく貢献してきました。
一方で、医療が過剰に介入することで、天寿を全うする過程を妨げてしまってはいないでしょうか。
人はいずれ亡くなるという自然の摂理に、あえて抗わない姿勢を持つことも、医療のひとつのあり方だと考えます。
医療資源が限られるこれからの日本において、無制限に医療資源を投入し続けることはもはや困難です。
引き算の医療は、何もしない医療ではありません。
過剰とも言える検査や処置を一つずつそぎ落とし、最適化し、患者さんの残された時間をより意味のあるものにするための、覚悟を伴った選択なのだと、私は考えています。
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うちの診療所は肛門科なので癌の患者さんを診る機会はそんなに多くありませんでした。
おしりから出血したら痔だと思い込んだ患者さんが、診察したら直腸癌だった・・・というケースは毎年数例あったので、外科に紹介し、完治した患者さんがお礼を言いに来られることも何度もありました。
いまだに年に1回のオシリ検診に来られている患者さんもおられます。
「見つけて下さってありがとうございます。先生は命の恩人です」と言われ、癌の栄養療法を再発防止のために継続されて、年に1回のオシリ検診に来られています。
医師になってから最初の4年間は皮膚科医をしていたのですが、その間に大勢の皮膚癌の患者さんを診てきました。
特に大学病院は癌の患者さんの手術、術後の化学療法をやっていたのですが、悪性黒色腫など悪性度の高い癌は進行が速く、どんなに手を尽くしても予後は悪く亡くなっていかれました・・・。
そんな患者さんを大勢診てきて「抗癌剤は患者さんを救っているのか、苦しめているのかどっちだ?」と疑問に思うことがしばしばありました。
抗癌剤を使う前は顔色も良く元気だったのに、治療が始まると副作用で食欲がなくなる、食べられなくなる、ゲッソリ痩せる、毛も抜ける・・・
1〜2ヶ月で別人のように変わっていく患者さんを見て「これって治療なんだろうか・・・?」と思ったものです。
それだけの副作用に耐えて、抗癌剤の効果で腫瘍や転移巣が小さくなったり消えたりするのならまだいい。
納得もできるし、しんどくても頑張ろうと思える。
だけど何も変わらない。
それどころかどんどん大きくなっていく。
副作用で体力が低下し、腫瘍細胞の増殖を止められないなら逆効果ではないのか?
と感じることもしばしばありました。
そしてどんなに手を尽くしても、抗癌剤治療を続けても、最終的に亡くなってしまう。
無力感どころか罪悪感すら感じる。
癌で死んだのか
薬で死んだのか
どっちだ??
と思うことすらありました。
それだけ抗癌剤の副作用は体力を奪い、生きる気力も奪ってしまう。
「こんなにしんどいなら死んだ方がマシだ」
と皮膚科医時代に患者さんから言われたことがあります。
まさしく治療は苦痛を伴い、治療なのに体力も気力も奪ってしまう。
「痛みだけ取ってもらえれば快適に生活できる」という患者さんが緩和医療に行くことになる。
いわゆるホスピスに。
そこに入った患者さんたちは死の準備をされていました。
自分が死んだあとに家族が困らないようにと死後整理をされていましたね。
そして1日1日大切に過ごす。
どんな治療をするのか
そもそも治療をするのか
それを決めるのは患者さん自身です。
医師ではありません。
患者さん自身が最善の選択をできるよう、私たち医師は情報を提供する。
そして患者さんが選んだことを尊重し寄り添う。
そんな医療ができれば双方幸せですね。
今、イベルメクチン癌治療を希望される患者さんが大勢来られていて、肛門科なのに癌患者さんだらけになってきました。
イベルメクチンは抗癌剤のような苦しい副作用はありません。
そして何よりも安価です。
「抗癌剤はしんどいからイベルメクチンを試してみたい」という患者さんだけでなく、分子標的薬や抗癌剤を使いながらイベルメクチンを併用している患者さんもおられます。
抗癌剤の副作用で食べられなくなりゲッソリ痩せて歩くのも大変だった患者さんが3ヶ月で仕事に復帰されたり、骨転移巣が消失したり・・・これは本当なのか??と目を疑いたくなるような奇跡を初めて見ました。
医師になってからこんなことは初めてです。
「死を待つだけ」の末期癌の患者さんたちが元気になって仕事をされているのを見ると、癌は治る、治らなくても元気に癌と付き合って行ける、そんな状態にもっていけたらいいな・・・と思って関わらせて頂いています。
過剰医療については癌治療だけでなく肛門科でも以前からずっとあったこと。
そもそも痔ではない正常な肛門を手術することは「治療」ではないので、肛門医療の闇はもっと深い。
そこにメスを入れ、必要のない不適切な手術を受けて後遺症に苦しむ患者さんを減らしたい、ゼロにしたいと思って情報発信をしてきました。
これからはもっと発信の精度と頻度をあげて肛門医療の世直しをしたいと思います。
医師も患者も幸せになれる医療を目指して。
患者さんのリクエストで復活させた
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