カナダ在住から日本に戻った者が遭遇した出来事や文化の違いを綴っています。

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滋賀県彦根市にある佐和山城跡に行ってきました。

石田三成が佐和山城主となってからは、五層の天守を構える城だったそうですが、三成が関ケ原の戦いで破れた後、井伊直政が新しい城主に。しかし直政は翌年逝去。その後、彦根城築城にともない廃城。その際、石垣や建物の多くが彦根城へ再利用されているそうです。

 

↓彦根城には何回か行ってるんですが、佐和山城跡には行ったことがなかったのです。

 

今は城跡といってもほぼ何もない状態です。

佐和山城は境目に位置していた要所といえる城だったのでその歴史は古く戦国時代後半だけを切り取っても…

近江源氏・佐々木定綱の6男時綱が佐和山の麓に館を構える
↓佐々木家が六角氏と京極氏に分かれ、対立。

浅井氏の台頭

↓京極・浅井氏の抗争
浅井方の城
↓姉川の戦い
織田方の城
↓本能寺の変
豊臣方の城
石田三成が城主に
↓関ヶ原の戦い
徳川方の城
井伊直政が城主となるが翌年逝去
↓彦根城へ移築

廃城

 

という具合にまさに盛者必衰の理を体現したかのようなお城です。

彦根城建設に伴い使える資材などはごっそり運ばれ、その後、破壊されているようです。

 

標高は233mと低いですが、登山道なので(崖があったり急な坂があったりします)、服装や靴は登山に適したものを!

スニーカーは濡れ落ち葉でめちゃくちゃ滑るので、おススメしません。

滑りにくく、歩きやすく、足首を痛めない靴がいいと思います。

(自分は Blundstoneのブーツ使用)

マダニの危険性もあるので、長袖・長ズボン、帽子着用を強くおススメします。

サングラスなどもあったほうがいいと思います。

 

彦根駅から徒歩で佐和山城へ。

登山口まで徒歩20分くらいです。そこから頂上に上るのにまた20分といったところ。

佐和山城跡は、清凉寺が所有する山なので、団体での登山は前もっての了承が必要です。

5名以上の団体での登山は清凉寺にて入山許可証の発行を受ける必要があります。

自分は電車で行きましたが、20台くらい停めれる駐車場もありました。

登山口の山門は龍潭寺にあります。

 

佐和山城近辺の山は熊は出ませんが、猿は出るそうです。

猿を見かけましたが、人間に全く恐怖心を抱いていないようで、逃げません!

 

石田三成像がありました。

 

龍潭寺の山門をくぐり、墓地を通り、右側の登山道を行きます。

最初は階段、その後、かなり急な坂道になってます。

 

↓iPhoneの自動補正で明るく見えますが、山道は天気のいい日でもかなり暗いです。

 

切通しと呼ばれる場所を過ぎ、西の丸跡へ。

坂道を登りきると平らな山頂が見えてきます。

ここが本丸跡です。

 

 

↓360度パノラマ撮ってみました。

 

↓伊吹山。伊吹山の裾の右手を少し行ったところが関ヶ原です。

 

↓彦根城が見えます。

 

↓佐和山城を廃城にした井伊家の彦根城がこうやって見えることにドラマを感じます。

 

↓琵琶湖に浮かぶ多景島。写真の中央やや左にぼんやり見えるのが、『沖の白石』だそうです。

天気が良くてもなかなか見えないそうです(別の登山者さんが教えてくれました)

 

↓左の山向こうが京都方面…のはず。

 

↓琵琶湖

 

↓紅葉も綺麗でした。

 

『山上に作られた城にとって井戸は千貫にも値する』という意味で千貫井だそうです。

 

↓なんと!倒木で井戸小屋と井戸が崩壊していました。

倒木撤去と修理の依頼を市に出しているそうですが、お寺の私有地であることと、命の危険性はない(誰かが周囲に住んでいる訳ではないし井戸を使用している訳でもない)、観光客が頻繁に訪れる場所ではないということで優先順位がかなり低くなってしまっており、放置されているそうです。

 

↓隅石垣。石垣の基底部であったと考えられているそうです。

 

 

で、ですね…

佐和山城跡を訪れて思ったのですが…

彦根城が世界遺産登録できない現時の理由は…

『姫路城が既に世界遺産に登録されており、彦根城が持つ「同時代、同種類の同じ価値」を、姫路城とは異なる世界的な価値として明確に示し、説明する上で課題が残ると判断された』

からなんですが。

だったら佐和山城跡と抱き合わせちゃえばいいんじゃないですかね?

  • 関ヶ原の合戦の勝者と敗者の城
  • 井伊直政は佐和山城主になったが翌年逝去し、彦根山に移築、佐和山城は廃城
  • 彦根城が佐和山城の資材を多く使っている(敗者から勝者への移り変わりとリユース)
  • 彦根城跡から佐和山城跡が佐和山城跡から彦根城を見ることができる

とはいえ、佐和山城跡は私有地だから難しいのかな?

 

佐和山城跡の近くにはいろいろ興味深いものがありあました…

 

続く。

 

 

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