ブログネタ:卒業式の思い出、教えて!
参加中私が高校へ入学したのは昭和61年(1986年)4月で、卒業したのは平成元年(1989年)3月(卒業式は二月だったが)。
世の中はバブル経済真っ只中!
派手なことやりたい放題の世の中だった。
地上げ屋、ボティコン、お立ち台、高いものが売れまくる・・・
しかし、私が高校三年生だった昭和63年(1988年)は「昭和天皇御病気による自粛ムード」があって、一転して派手がましい事は自粛しよう・・・という流れになった。
一番印象に残っているのは、その年のパリーグ王者で日本シリーズを制した西武ライオンズの優勝記念バーゲンセールが無かったこと。
規模を縮小してでもバーゲンやるかな?と地元大津の西武百貨店に行ったけど、張り紙にバーゲンは一切行わない旨が書かれていた。
「ちょっとやりすぎじゃないのか、自粛ムード?」と思ったけど、まあ仕方ないか・・・と割り切った。
翌年昭和64年は僅か一週間しかなかった。
昭和天皇が昭和64年1月7日に崩御されたからである。
翌日1月8日からは「平成元年」となった。
そこからが大変だった。
昭和天皇にお別れを告げる「大喪の礼」が平成元年2月24日に執り行われることが決まり、我が滋賀県の公立高校の卒業式の日程が変更になった。
我が守山高校の場合は卒業式の予行演習が2月23日、卒業式が2月25日と決められた。
また大喪の礼が2月24日になった為、東京都内(特に皇居周辺)の警備強化に伴い、一部大学・短大の入試日程にまで変更が生じた。
現に私は2月に東海大学、専修大学、東北学院大学、日本大学受験の為に上京し、靖國神社近くのホテルグランドパレスに宿泊したが、あまりの警備のキツさにビックリした。
本筋の卒業式の話に戻りますが・・・
2月25日の卒業式の日、学校に集まると既に大学合格を決めた仲間が喜んでいた。
(私はその時点では受験全敗だった)
羨ましさと同時に、残された国立・公立大学受験に全てを託す決心をした。
実際に仲間から「頑張れよ!」と励まされた。
その後卒業式が滞りなく進行し、卒業式が終わると同時に皆は教室へ戻り、最後の別れを惜しんでいた。
その後担任より挨拶などがあり、その日の全日程は終了!
私は国公立大学二次試験のこともあるので早めにそそくさと友人数人と自転車で帰宅したが・・・
後で聞くと、卒業式後に私の友人を含めた男女何人かでプレゼント交換&最後だから一緒に飯を食いに行こう!という流れになっていた・・・とのこと。
それは一部の人間だけが知っていた、いわば「ドッキリ企画」だったらしい。
私はそれを知らずにいたものだから、さっさと帰ってしまった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
あの時もう少し学校に残っていたら、楽しい卒業式のイメージが残ったのに・・・と何度も悔やんだ。
しかもその後の国公立が全敗したものだから余計に・・・・
でも、守山高校という素晴らしい高校で素晴らしい高校生活を送れたのは誇りに思っている。
最後の最後でミス(良き思い出作りが・・・)したが、それはそれ!として割り切らなきゃいかんのかな?と思っている。
奇しくも昭和の終わりと私の高校生活の終わりが一緒になったが、今でも高校生活の終わりと昭和天皇とのお別れが重なって思い出される・・・
私にとって『昭和に入学し、平成元年に卒業できた』事は最大の誇りです!
ありがとう、守山高校!
そして同級生よ!