(前回からの続き)


 

不登校で勉強しなくなった息子に

私が勉強している姿を見せようと

通信制大学に入学したこと

 

 

これが大きな間違いだったと気づいたのは

大学3年生になってからだった

 

 

いや、ほんとはもっと前から

違和感はあった

でも認めてしまうのが怖くて

見ないふりをしてきた

 

 

講義を一生懸命に聴いているつもりが

極度の眠気に襲われる

それがどんな時間帯でも頻繁に起こった

 

 

 

落ち着かない

ただ座って聴いていることが耐え難い

全く内容が頭に入ってこない

 

 

それは私が目的を持って

社会福祉を学ぶ意志がなかったから

だからこそ

長時間の受講がどんどん苦痛になっていく

 

 

もっともらしい理由はつけていた

社会福祉を学ぶための

自分を思い込ませるための

正論ぶった理由を

 

 

でもそれは目的でも

福祉に関わっていこうという意思でもなく

自分の選択に対する言い訳だった

 

 

息子の不登校が1年を経過して

仕事を退職した私は

何か自分が属するものを必要としていた

 

 


「働いている私」を手放したのは十数年ぶりで

夫の扶養に入る状況になったのも

初めてのことだった

 

 

何もしていない自分でいられない

何か自分の存在に

肩書きをつけなきゃいけない

 

 

 

そんな自分と

息子が勉強しなくなった状況下で思いついたのが

通信制大学だった

 

 

 

何でもいいわけじゃなかったし

社会福祉に興味はあった

 

スクールソーシャルワーカーの

ドキュメンタリーを観て

「この仕事いいな」と思ったし

 

息子の担当になったスクールカウンセラーや

行政機関の社会福祉士と相性が合わず

個人の価値観による当たり外れがあると知り

不登校の子どもを抱える当事者として

福祉に頼ることへの不信感を持った


「社会福祉の力でどこまで何が出来るのか」を

知ってみたいと思った

 

 

でもそれよりも

私が存在し続けていい理由付けとして

「大学生として学ぶ母親」という

枠組みが欲しかった

 

 

スクーリングで大学に行くことになり

初めて同級生に会ったとき

私はさらに自分の立場を

目の当たりにすることになる

 

 

既に福祉の現場で働く人が多く

国家資格を取る目的も皆はっきりしていて

福祉に対する思い入れや姿勢が

痛いくらいに伝わってきた

その学ぶ姿は私とは雲泥の差だった

 

私の欲しがった枠組みは

いかにスカスカで無意味であるのかを

同級生たちを見て思い知った

 

 

そのスカスカの枠組みに縋りながら

体裁だけで勉強しているふりをしている

私という母親の姿を

ずっと息子に晒し続けてきたのだ

 

 

私の姿を見て息子が勉強しようと思うかって?

とんだ幻想を抱いていたものだ


敏感な息子がそう思うわけなかった

 

 

(長くなるので③に続く)