「賢しらに僅かな不運を見せびらかすな」

 

アシタカに宿った呪いを目にして

エボシが放った言葉

 

 

(スタジオジブリ様よりお借りしました)

 

 

エボシのこの言葉が

脳内をよぎる時がある

 

 

不幸のレベルに世界基準があるとして

数値化出来るとするならば


自分の不幸など

大した数値にはならないだろう


 

生まれた場所や時代

育った環境

不遇な事故や天災


 

さらには

世界で起きている事柄と比較したら

それは容易に想像できること



私の不幸など

世界の様々な不幸からしたら

飴ちゃんみたいなもんだ


 

それがわかっているのに

そんな当たり前みたいなこと

数分考えたら分かるだろうに



辛かった自分を正当化するために

その不幸レベルを逆手に取って


 

「お前の不幸など大したことない」と

自分より不幸の数値が低そうなのに

辛いと自己主張している他人を

バカにしていた



弱っ、とか

甘えてんな〜、とか

どんだけ被害者ぶってんだよ、とか

ジャッジしまくった


 

そうやってジャッジして

自分の不幸を正当化して



自分の不幸に縋るように

「私ってこんなに辛いんだよ」って

アピールしてた



私が抑え込んできた気持ちを

苦しかった時間を

「どうか、分かってよ!」って

言ってるだけなんだと

今ならわかるけど


 

これは

私を育てた祖母がしてきたことで

私はそれを継承していた


 

祖母は

過酷な生い立ちや

不遇により障害を負ったこと

戦争による辛い体験

望まぬ妊娠と繰り返した流産



そんなハードな内容を

私の記憶にしっかりと残るくらいに

何度も何度も

繰り返し話して聴かせた

 

 

「それでも歯を食いしばって

感謝を忘れずに生きてきたのよニヤニヤ(にこっ)」



話の終わりには

毎回そうやって笑う祖母

一瞬で消えるような作り笑いが

祖母の本音なんだろうと感じて

すごく怖かった

 

 

「どれだけ苦しくても耐え抜いて

感謝と笑顔を忘れない私」を

祖母から日々見せられて


 

祖母よりも

不幸数値が低いだろう自分は


 

子どもながらにも

さみしいとか

悲しいとか

そんな気持ちを伝えることを

ぐっと飲み込むようになった


 

 「賢しらに僅かな不運を見せびらかすな」



祖母は暗に私にそう言っている

そう感じていた

 

 

祖母から継承した価値観を

恐ろしいことに

息子にぶつけた



この不幸レベルで測る見方をして


甘えている

なんて忍耐力が無くて

弱くて臆病で

頑張れない子なんだろう


そう見ていた


 

息子に何があってどう感じたか


悲しい

さみしい

そう感じることにレベル付けをして

息子のことを決めつけていたのだ

 

 

息子の感情は

息子のものなのに


 

私が変わらなければ

息子も自分の気持ちを

隠してしまうようになるだろう

 

 


苦労も不幸も

事実として語られるならば必要だと思う

 

 

でもそれを武器のように使って

相手の気持ちや感情を

抑え込んだり

否定したり


大した事ないと決めつけたり


 

自分の存在を

認めさせるための方法にしてしまうのは

私の世代で終わりにする



私の不幸も

祖母の不幸も

辛くて

悲しかった


「ただそうだった」ってことなんだと思う