どのような表現で

伝えたいことを読む人に伝えるのか


その表現方法としての

比喩とか言葉選びとか具体例が

天才だといつも思う



羨ま真顔

ダウン




この記事をノートに書きながら

自分の体験を追記してみたら



(記事内の表現を使うと)


長い懲役中にやってきた

刑罰だらけで


日常的な刑務作業を含め

人生の大半が


「やらされる(やらされた)」に分類された



その一方で

「やる(やった)」ことは

圧倒的に少なかった



やったことの一覧は

シンプルに

自分の欲求や興味があるものだと

分かり易かった




進路や就職などの選択をする際には

親に相談しなかったし


辞める辞めないという相談もせず

事後報告で

自分で決めているように見えるが



判断基準が自分の中から出てくる

好奇心や欲求、興味や関心ではなく



他者にどう評価されそうか?

存在を認めてもらえるようになれるか?


そこだったのだから

選ばされていることになる



やらされた一覧は

小学生の学級委員から始まり

直近の仕事まで

人生の選択の大半だった



続けられない

成果を出せない

中途半端にしかやれない


または

我慢して続けて何とかやり過ごす



そんな自分に嫌悪して



忍耐力の足りなさ

継続する力のなさ

楽な方に逃げてしまう情けなさを

責めまくっていたな




自分で選び決めていないという

もっとそれ以前の話だった



そういうことを理解して

腹落ちさせる為にも

むっちゃニヤニヤいい記事だった





物事を習熟させるには

1万時間の練習や積み重ねが必要だという

1万時間の法則に当てはめてみると



1日6時間

何かをやったとしても

4年半くらいはかかるポーン



積み重ねを

やってこなかった人生の結果が今で



人生経験が浅いのも

実感できてしまってるから

悲しいもんだな笑い泣き




自分で決めた「やる」ことを

1万時間やってみることから

やってみよう


これからだ