私が「存在の許可」を求めてきた家族に対して

決定打を打つために

家族の集まりに参加してきた

 

 

決定打は良くも悪くも

どちらかに振り切る気がしていた

 

 

家族が揃うことは滅多にない

実家にも2〜3年に一度くらいしか帰らないし

揃っている状態はレアケースだ

 

 

 

自分と向き合い

自分が育った家族を理解する

 

 

ここ数年やって来たことを

直接、家族に会うことで

今現在の結論が出るだろうと思っていた

 

 

息子と一緒にちょっとした旅に出る気持ちで

家族に会いに行った

 

 

 

その場所では

ほんの一ミリも

私が怖がっていたことは無かった

 

 

母が違うきょうだい達は

 

自分の存在を疑うことなどないような

堂々とした様子で

曇りのない目で

立派に育っていた

 

 

歳の離れたきょうだい達が

私に向けてくる視線が

柔らかく

温かく

誠実で

彼らがそんな風に育ったことに幸せを感じた

 

 

義母の実家の方と話していて

改めて気付く

 

 

私の息子に話しかける様子や

久しぶりに会った私に対しても

一切の否定や心配、余計なお世話も無い

 

 

そこにいることを当たり前に思わせてくれる人々

 

 

そうか

義母はこの家族で育って

その義母に育てられたきょうだい達だから

あんな風に育ったんだな

 

 

父は義母が大切な存在だと

酔った時に言っているのを聞いたことがある

 

 

家族に囲まれて笑う父もまた

自分の存在を許しているように見えた

 

 

 

 

そして私と同じように

自分の存在を認める、許すために

苦しんだであろう弟も

穏やかな顔をしていた

 

 

人見知りで

不登校により大人不信になっている息子に

程よい距離感で話しかける弟

 

 

驚いたことに

あっという間に息子の警戒が緩み

会話が成立していた

 

 

息子を全肯定し

その可能性を楽しみだと話す弟もまた

 

 

自分と向き合い

長い時間をかけて

自分の存在を

認め許す過程を越えたのだとわかる

 

 

 

 

私はずっと怖かった

家族という集まりが

 

 

 

家族の中で一番要らない存在であり

劣っている長女であることを

痛いくらいに感じなければならないから

 

 

 

でも

そんなことを一ミリも感じなかった

 

 

暖かい場所になっていた

居心地の良い場所だった

 

 

 

 

 

私が幼い時に

自分はありのままで存在していてはいけないと

 

 

蒸発した母と

育ての親である祖母の影響で

思い込んで

 

 

その思い込みメガネをかけたことで

 

 

自分で自分を責め続け

現実を受け入れることから逃げ続け

 

 

年々強くなる思い込みによって

思い込みメガネは

フルフェイスの頭全体を覆うヘルメットに強化された

 

 

狭くて暗くて

ボヤけてて

変色した世界がヘルメット越しに見える

 

 

息苦しい

重い

動きづらい

 

 

ヘルメットを付けている姿を他人に見られたくない

 

 

そうして自己保身と

現実逃避で生きてきたけど

 

 

今までのような痛みを

家族の中にいても全く感じなかった

 

 

 

もうヘルメットが脱げたのかもしれない

 

 

 

 

そしてそれが確信に変わったのは

 

 

照れ「ママがほんとに楽しそうに笑う顔を久しぶりに見たよ。

いつもの笑顔じゃなくて、本当に嬉しそうに笑ってる顔だったよスター

それを見て僕も嬉しい気持ちになった~ドキドキ

 

 

息子がそう言ってくれたから

 

 

 

私、そんな風にいつ笑ってたんだろう

 

でも多分

そんな風に笑えていた気がする

 

 

 

一番怖かった家族という集まりで

暖かい世界を感じられる自分に驚いて

涙が出た

 

 

 

もうあの苦しいフルフェイスヘルメットを

私は被ってないんだな

 

 

 

薄いメガネくらいはかけてるかもしれないけど

気付いたら外そう

 

それが習慣になるまで

逃げずに懲りずにやろう