息子が入院中
時間がたくさんあった私は
ノートに毎日数時間
書き出しをしていた


今までの人生で
やりたくなかったけど


人に認められるためにやってきたこと
何者かになれると信じ込んでやってきたこと
特別な存在にならなければならないとやってきたこと


それを
自己否定を自覚し始めた10歳頃から
遡って書き出してみたら


自分で選んで
やってきたことのほとんどが

「やりたくなかったこと」だったと

私の手がペンを動かし
書き続けた



そして
今やっていることも
「ああ、やりたくない」と書いた



私は私が決めたことをやりたくない
私は私が選ぶことを信じられない

それに気付いていながらも



そんなの言い訳だ
逃げるな
やれよ

そう自分に言い聞かせてきたけど


「やりたくない」


自分がそう言っている
はっきりとそう言っている


これ以上やらされたら
もう無理だ
そう言っている




何もやらないことは
存在を否定すること

そう思い込んできたから


何にも向かわず
何もしないことを許すなんて

死に匹敵すると思い込んできたから



何もしたくない自分を
はっきりと自覚なんてしたら
絶望がやってくる
怖くて仕方ない



ああ、もうダメだ
何もしたくないなんて
まじで終わってる…


怖くて
絶望の気配を感じたら
いつもならそこで


やりたいはずのことに
理由や理屈をつけて
だから私はこれをやりたいんだ、と
頭で思い込ませてきたけど



今回はもうそれが出来なかった


「やりたくない」

そう言っている本音の自分は頑固だった


やりたいことをやる自分
そんな言葉に吐きそうになる



ただ生きるって
そんなにクソなことだろうか


なぜそんなに自分を責めながら
絶望してまで
何かをしなきゃいけないのだろう



それが思い込みで勘違いだと
頭ではわかっていても

自分で自分を絶望させることを繰り返している



もういいじゃん
やめたら?



人に認められようとして
それが出来ない自分を
認めることも許すことも怖くて
ただただ絶望する

そんな時間を繰り返すのは
もうやめたら?



何もしたくない


やりたくないことをやり過ぎて
疲れた


これが自分の本音


そして
やりたくないことで埋め尽くされた
自分の人生に対して
絶望は避けられないけど



やりたくない


それを初めて自分に許せたと思う



この通過点が私には必要だったんだ


ここを素通りしようとして
逆に足がぬかるみに囚われてた


今まで背負ってきた
何十年ものの荷物が
一泊二日なくらいに軽く感じる


何もしたくない自分を許す

当分はこれを感じていたい