(リライト記事・書きたくて勝手に書いてます)

 

 

摂食障害を発症した時期と同じくして

寄付することを始めた

 

 

摂食障害は治まったが

寄付することは20年以上続いている

 

 

 

寄付の内容は

衣料品や日用品が主で

お金による寄付は数回ほどだろうか

 

 

送り先によっては

購入したものを送ることもある

 

 

寄付先はNPOが多く

主に海外に向けて発送される

 

 

最近

お世話になっているのはこちら

 

 

インスタの投稿も多く

現地の様子が伝わってくる

 

 

 

国内であれば

乳児院やホームレス支援団体

児童養護施設にも送っている

 

 

UNIQLOで買ったものは

RE:UNIQLO(全商品リサイクル)できるので

捨てないで回収BOXへ持っていく

 

 

 

 

 

 

アパレルメーカーでは今や

衣料品を再活用させる流れは

よくある取り組みになっていると思う

 

 

 

15年前くらいまでは

海外に寄付品を直送することもしていたけど

 

 

現地の方から

関税がかかるので

荷物の受領が滞ってしまうとメールを貰い

現金による寄付の方がありがたいという団体もあった

 

 

 

需要があるものを事前に調べて

衣類などは洗濯したり

品物の合わせて

きれいな状態にする配慮も必要だ

 

 

衣料品などの寄付は中古が多いが

海外輸送費の寄付やNPOへの送料などは

自己負担である場合が多い

 

 

家計簿に寄付明細を記録していて

 

この20年余りで

寄付した回数は160回を超え

それによる出費(購入品や送料、寄付金)も

数十万円を数える

 

 

 

自分にとって寄付することは

慈善でも偽善でも使命でもなく

価値観からの行動だと思われる

 

 

 

小学生の頃から

自分の見える範囲が

整えられていないと落ち着かないという

強迫観念が芽生え

 

親が注意する程の片付け魔となり

友達の家すら片付けてしまう子供になった

 

 

たくさんの物に囲まれていると

息苦しさを感じるようになり

物を多く持たないことが快適になった

 

 

「断捨離」「捨て活」などの言葉は無縁だ

 

 

摂食障害の発症により

20㎏ほどの体重変動を何度も繰り返してきたので

 

 

持っている服が小さくて着れない

または

持っている服が大きすぎる

そんなことが起きる

 

 

「今、着れない服たち」を

「持っていたくない欲」が強まり

寄付という方法を使わせてもらう

 

 

これは自分にとって需要であり

ものを手離す罪悪感を

軽減してくれるやり方なのだ


 

持っていたくない欲は

年々強まり

 

 

子どものおもちゃやサイズアウトした服

ベビー用品などはほぼ寄付した

 

 

若かりし夫が愛用したB-BOYなゴツい服や靴

 

実家に帰省した際に

家族からかき集めた要らない服たちや

祖母の遺品なども寄付をした

 

 

時々

衣料品が入っているゴミ袋を

道端などで見かけると

「もったいない、、洗濯して寄付したい、、」

という衝動にすら駆られる

 

 

この欲の強さは異常に思える

 

 

まだ使えるけれど

使われていないものが


ただ転がっている状況の

気持ち悪さと言うか

もったいなさと言うか

 

 

ここでは要らない物だけど

必要とされている場所へ

物品を動かしたい

 

 

持っていなくてもいい人から

持ちたい(欲しい)人へ

物を受け渡したい

 

 

 

この価値観と

強迫観念にも似た欲求にも

生み出された理由があるんだろうな

私の育った環境の中に

 

 

それについては

自分で勝手に考察することにするが

 

 

この先の人生で

この欲求を有効活用できないものかネガティブ

 

 

我が家では

片付けと寄付することが定着していて


息子に

「片付けしなさい」と言ったことがない


何も言わなくても

いつの間にか片付いている


 

要らないものが発生すると

「寄付していいよ」と

私に持ってきてくれる


 

これもまた

継承していくのかもしれない