仕返し
母の病気が判明してからの、わたしのメンタルについて、わたしの旦那さんは、彼なりに心配して推し量ろうとしているのだけど、わたし自身にも正確にわかってない「今のわたしの感情」を、彼が理解するのは難しいと思っている
「今って、僕が中学校の時に、お母さんの部屋の本棚に【癌になった時に読む本】を見つけた時みたいな気持ち?」
(彼のお母さん、つまり義母は彼が中学の時に癌に罹患したが、現在は寛解して何年も経っていて、元気にされている)
と彼が聞いてきたので、わたしなりに「今のこの感情」について考えてみた
父もそうだけど、わたしの母の家系は長生きの家系で、母自身も、80になろうという今まで、大きな病もほとんどせず、年の割に元気で丈夫な人だった
過去には一人でセメント袋を運んだり
大ハンマーを振り回す母のことを紹介した回も多々あった
そんな母が、今になって突然、現代の医学では治療方法が無い病になったことにわたしは激しく動揺した
それは、単純に身内が病気になったことに対するショックとか、恐怖とか、哀しみとかとはちょっと違っていて、自分でも説明しようのない、複雑な気持ちだった
女はでしゃばるな
この家は〇〇(弟)のものだから
あんたはここから出ていくんだから
そう言われたことをいつまでも心の中に抱いていたわたしとは対照的に、母はそんなことを言った覚えはまるでないのだろう
覚えていたとしても、母にとってはそれは、言葉の並び以上でも・以下でもない、深い意味などないものなのだろうとは思っている
だけどわたしは、反抗しながらも
両親と沈みかけた家に残ることで
「家を作り」再生した
少し遅くなったけど
ウチの家族、特に両親を理解してくれる相手を見つけ、同じ家で住んだ
ほどなくして子どもを授かり、同じ家で1日も欠かすことなく孫の顔を見せた
「家」を離れることになっても、ごく近くに住まいを見つけ、週末には必ず一緒にご飯を食べた
折々の娘の行事や参観日には声をかけ、成長を見守らせた
そうすることで、わたしは母に「仕返し」をしていたのだと思う
「ほら、わたしがそばにおって良かったこともたくさんあったやろ?でしゃばって、口出しして、手出しもしたけど、助かったやろ?楽しかったやろ?」
最後にそう言ってやりたかったのだと思う
長い長い年月を掛けて、わたしの「仕返し計画」は進む予定だった
長生き家系の母のこと、あと最低でも「仕返し」に10数年はかけるつもりだった
その間には、娘の進学や、娘の結婚、そしてひ孫の姿も見せられるかもと思っていた
そして年老いて、いろいろとままなくなる両親の暮らしを、ゆっくりと、旦那さんと一緒に近くで見守るつもりだった
なのに、なのに
今の私は、突然肩透かしをくらったような気持ちなのだ
仕返し計画は、まだまだ途中なのに
これから、わたしの仕返しは集大成を迎える予定だったのに
そんな急に!?
そしてまた母はいつものように空気を読まない
「迷惑をかけたくないから、余計なことはせんでええ」
【アンタにできることは何もない】って、また母に言われたような気分
それが「今のわたしの感情」
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2023/04/22
母に必要ないと言われたわけではないし
何かすればいつも感謝をしてくれている
でも、わたしは若い時に言われたことを、いつまでも引きずってるのだ
遠方の病院で全然違う角度から診察してもらった母
ひとまず治療をしてもらって安心しているが
とてもあいまいな状態で、身体の一部分の治療に過ぎない
母の疾患は全身に及ぶもので、進行を遅らせることは出来ても
回復することは無いと聞いている
だから、一部分でも、もしも回復するようなら、それは奇跡だ
そうなったら、今の病名は誤診ということになる
「わたしの涙、返してよ!」そう言って母に文句を言える日が来るのを願っている