「親父、最近頑張ってるね」

 夕飯のハンバーグを頬張りながら次男の颯太が恵美に話しかける。

「そうね、やっと仕事も落ちついたみたいだし、これまで忙しかったからね」

 小谷野と先に夕飯を済ませた妻の恵美は、遅れて帰ってきた颯太の食事の相手をしながら小谷野の部屋の方を見て眼を細めた。

 小谷野の部屋から、今夜も電ドラを叩く音が漏れてくる。

 恵美は、小谷野の3歳下で職場結婚であった。そのため、小谷野の仕事のキツさは理解していたし、こころから支えてあげたいと日頃から思っていた。仕事も軌道に乗ったところで、やっと趣味を見つけることができて嬉しく思っていた。

「ごちそうさま」

 颯太がご飯を噛み噛み小谷野の部屋を覗くと、丁度、練習を止めたところだった。

「やってるね」

「おお、ちょうどいいところへ来た」

 小谷野は、イヤフォンを耳から外しながら颯太の「訪問」を喜んだ。

「ここの譜面がよくわからないんだけど、颯太、わかるか?」

「ああ、これね。ここはこうだよ」

 颯太は、小谷野と席を替わってスティックを握ると簡単に見本を見せた。

「へえ、さすがだね」

 小谷野はお世辞抜きで褒めた。颯太は、様々な楽曲を耳コピでマスターしてしまう。ドラムは誰に教わったわけでもなく、見様見真似で叩けるようになっていたのである。親バカながらわが子がこんな風にできるようになるとは驚くばかりだった。

 高校生時代に一度だけライブハウスに颯太の演奏を恵美と見に行ったことがあった。

 年頃のこどもだから恥ずかしがって見にくるなと言われると思ったが以外にも拒まれなかったのである。実際、会場には小谷野夫婦と同じような親たちがちらほらと見えた。今の子はそうなのか、そういう時代なのかなと時代錯誤をしていた自分たちを笑ったものだった。

 

 小谷野は、このところドラムの自主練に余念がない。教本を何冊か買って、基礎練習をする。それと並行して、演奏曲をどんな風に叩こうかとCDを聴きながら真似てみようとするが颯太のようにうまく聴き取れない。所詮、ドラムを始めたばかりで、レッスンに数回通った程度の者が簡単に叩けるわけがない。

 やはり、レッスンを探すしかない。

 たまたま、買物に来たショッピング・モールに楽器店があるのを知って覗いてみると、店頭にいくつかのフライヤーが置かれていた。そのうちの1枚を手に取るとドラム・レッスン生の募集であった。

 ドラム講師は二人いて、20代くらいの男性と40代くらいの女性の写真が写っていた。もう少し詳細を知りたくて、そのフライヤーを持ちながら店員に声をかけてみた。

「いらっしゃいませ~」

 店員は、30歳前後にみえる明るい雰囲気の女性だった。

「あの、ちょっと、ドラムを習ってみたいんですが・・」

「ああ、是非~。今、生徒さん大募集していて、今なら入会金は無料なんです。毎月のレッスン料だけで受けられますよ」

「できれば、ジャズをやりたいんですが・・」

「ああ、ならばちょうどいい先生がいらっしゃいます」と言って、女性の講師を勧めてきた。

「こちらの先生は、若い頃、プロ・ドラマーの若林明に師事して、先生もその後プロで活躍された方なんですよ」

「へえ・・」と、小谷野は反応するしかなかった。プロと言われても、その若林とかいうドラマーも講師の名前も聞いたことがなかったからだ。

「お試しのレッスンを体験できるので、よかったら一度受けてみたらどうですか」

「そうですか。じゃ、お願いします」

 無料と聞いて小谷野はその場で申し込んだ。

「個人レッスンとグループ・レッスンがありますが・・お試しは個人レッスンになるんです。そのあと、どちらか選択していただきますが、グループの方が時間も長くてレッスン料も安いので個人的にはそちらの方がお勧めですよ」

「そうですか。じゃあ、グループの方で・・・」

 お試しする前によほど酷いか合わないかでなければ既にレッスンは受ける気になっている。ジャズドラムを教えてくれるところはなかなかなさそうだった。

 申込書に記入していると、さらに店員が訊ねてくる。

「ジャズは、何聴かれるんですか?」

 唐突に訊かれた小谷野は少し狼狽えた。いろいろと聴き漁ってはいたが、何がいいとかまだわからないし、お気に入りのプレイーヤーがいるとかでもない。

「う~ん、スタン・ゲッツとか・・・」

 とりあえず、昨夜聴いていたサックス・プレイヤーの名前を思い出して、咄嗟に答えてしまったが、まあいいかと思った。嫌いじゃない。

「スタン・ゲッツ。いいですよね。私も好きです」

 好きですという言葉にドキッとした。自分に対して言ってるわけではないことは充分に理解しているが若い女性から「好き」という言葉を久しく聴いたことがなかったからだ。

 妙にフレンドリーなのは客相手だからなのか、それとも店員の人柄なのか。接客するのに愛想がいいのは悪いことではないがいつの間にか小谷野は変な汗をかいていることに気がついた。

 よくよく見ると綺麗な女性だと感じた。後で知ったことであるが店員をしながら生徒にピアノも教えている講師であった。

 いつ店頭にいるのかわからないが、これからレッスンに来るとこの店員に合うことも少なくないだろうと思うとそれはそれで楽しみになった。

 

 

 

 

 

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 さて、本日取り上げるアルバムは、STAN GETZの『Stan Getz Plays』(1955年)である。



 

 スタン・ゲッツといえば、ボサノヴァ奏者としても有名であるが、このアルバムはジャズ・スタンダードをとりあげた作品である。

 

 ゲッツの印象としては、クール。

 このアルバムもサブトーンを駆使しながらのクールな演奏である。

 ゲッツとしては初めて聴いたアルバムで、オリジナル曲よりも名の知れたスタンダードをどう演奏するかに興味が湧いたのである。


ジャケ写も素敵


 演奏メンバーは、

  Stan Getz(ts)

  Jimmy Raney (g)

  Duke Jordan(p)

  Bill Crow(b)

  Frank Isola (ds)

 

Stella By Starlight - YouTube

 


 

 

How Deep Is The Ocean - YouTube