「感謝の集い」が盛況に終わり、出演者や客が帰ったあとは早くも「祭りのあと」の寂しさが店内に漂い始めていた。

 食器やグラスをシンクに運んで、食べ残しは処分する。軽く掃いてモップをかけるとテーブルや椅子を元の配置に戻す。明日からまた平常通りの営業のため、すぐに開店できるようにしておく必要があるのだ。細井とマスターの豊見城だけそれをするのは大変である。

 後はやるからいいよと細井は言うがそう言うわけにもいかず、小谷野と藤井が残って手伝ったが小塚は用事があるからとさっさと帰ってしまった。そんなところを豊見城は見ていた。

 初めての演奏のお披露目にすっかり気をよくした細井は、片付けをしながら、次回は3、4曲演奏しようと言う。まだ、一年先の話だ。

 その間は、それぞれ個人練習を怠らないようにと付け加える。まるで教師が生徒に宿題を出しているようだ。ひとまずバンド活動は休止しようということになった。

 実のところ、細井はカフェのオーナーだけではなく、私立大学の臨時講師も続けており、その他にも様々な公職や自分の研究などで忙しい身であるのだ。

 

 小谷野のドラム・レッスンが再開した。

 再開したと言ってもレッスンを休んでいたわけではなく、「感謝の集い」における演奏が無事に終わったことで小谷野個人の中で一区切りついた感があっただけのことである。

 小谷野は、本格的にジャズ・ドラムの練習をしたかったが、その後のレッスンでは相変わらずジャズをやってくれない。講師は、「感謝の集い」のために一時的に小谷野に付き合ってくれただけのことで本来のレッスン・プランに戻したのである。

 講師から今度これを練習するからと譜面を渡された。それは、チューリップの「心の旅」だった。

 「心の旅」は、イントロ部分からドラムの様々な打ち方が出てきてドラムそのものの練習に最適な曲なんだと講師は言う。ドラムにもちゃんと譜面があって、いざやってみると譜面通りに叩くのが意外に難しいことを知った。

 小谷野は、仕方なく講師のプランどおりドラムの基礎を学ぶこととし、ジャズ・ドラムについては教本でも買って練習することにした。

 

 年が明けて、1か月ほどすると、講師から突然メールが入った。謝罪の文面とともに送られてきたメールに小谷野は愕然とせざるを得なかった。ドラム・レッスンが廃止になるというのである。

 レッスンを行っている雑居ビルの中にキャバクラができるらしく、小中高生まで教えているので教育上好ましくないと判断したということである。小谷野のレッスン日には、日中、何人かの小中学生も教えているらしい。スタジオまがいの借部屋を効率よく利用するため、一日にまとめてレッスンを行っているとのことであった。

 替りのスタジオを探しているがなかなかいい場所が見つからないとのことで、当面レッスンは中止せざるを得ないということだった。

 せっかく、始まったばかりなのにわずか4か月で廃講になるなんてついてない。別な場所での再開を期待していたが、結局、その後もレッスンが再開の連絡は来なかった。

 さあ、困った。

 替りのレッスンがすぐに見つかればよいが当面は個人で練習するしかない。路頭に迷うというのは大袈裟であるが気力が失せていくのを感じた。

 家で基礎練習だけやっているだけでは面白みがない。教本は買ってはみたもののなかなかやる気が起きないでいた。

 ある時、本屋で何気に物色していると、ジャズに関する書籍が目に留まった。パラパラとめくってみると、ジャズの歴史からジャズの聴き方、名盤の紹介などが書かれていた。早速、調達して読み始めるとなかなか興味深い書物であった。一通り読み終わると、目から鱗であった。

 ディキシーランド・ジャズに始まって、スイング、ハードバップ、モード、クール、モダンなどという言葉は聞くがその変遷や違いは実際よくわからない。ただ、知ってよかったのは、ジャズの聴き方というものである。それは結局、基本的な演奏の仕方に通じるものでもあった。

 各パーツのソロ回しや所謂インプロビゼーションというアドリブの在り方、コール・アンド・レスポンスなど、ジャズの醍醐味を知ることにより、それまで漠然と雰囲気だけで聴いていた曲が何をやっているのかが少し分かるようになってきたのである。

 それによって、ジャズを聴くことも、そして何よりも自分で楽器を演奏するということが俄然楽しくなってきたのである。

 

 

 

 

 

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 さて、本日取り上げるアルバムは、HERBIE HANCOCKの『HERBIE HANCOCK TRIO ’81』(1981年)である。

 



 メンバーは、

  HERBIE HANCOCK(p)

  RON CARTER(b)

  TONY WILLIAMS(ds)

 

 このトリオは、1977年にも同じメンバーでアルバムをリリースしている。

 他にも第2期マイルス・デイビス・クインテットやV.S.O.P.でも一緒に演奏活動をおこなっているせいか息は合っているようだ。

 

 このアルバムは、1981年に来日した際にレコーディングしたものらしく、リラックスした中にも三者三様の存在感のあるプレイを楽しむことができる。

 

That Old Black Magic - Herbie Hancock Trio [1981] - YouTube





Herbie Hancock trio-Dolphin Dance - YouTube