小谷野がカウントを取る。

 ワン、ツー、ワン・ツー・スリー・・

 イントロもなく、いきなりメインテーマの演奏に入る。背中を向けていたピアニストの外野波留が訝しげな顔を向けたあと軽く頷く。鍵盤に手をやると追いかけながら自然に小谷野たちの演奏に加わる。さすがプロだなと思う。

 驚いた顔で演奏を食い入るように見つめる近所のおばさん。にこにこ嬉しそうに見ている三味線のオヤジ。

「あれ?ブラシ使っているよ」

 心配げに背伸びしながら覗き込むドラムセットの持ち主。厨房から顔を見せているマスター兼シェフの豊見城。小谷野にはそんな様子がすべて見渡せた。あんなに緊張していたはずなのに、みんなの顔が、表情が見える。誰一人としてよそ見をしている者はいない。自分たちの演奏に集中しているのである。

 ザッ、ザー、ザッ、ザー

 ブラシの音が心地よく響く。ピアノの澄んだ音が小谷野らの演奏に被さってくると、まるで自分たちの演奏ではないと思えるほど様になってくる。これには小谷野は驚いた。

 自分たちのこんなに拙い演奏がプロのピアノが入ることで格段に華やいで上手く聴こえることだ。これには感動すら覚えたのである。

 演奏は、ツー・コーラス目に入る。すると、今度は細井のベースの講師をしている土方敏夫がトロンボーンを片手に我々の間に入ってきたのである。正に飛び入りである。

 アルト・サックスとベースとドラムのシンプルな構成にピアノとトロンボーンが加わったことで厚みのあるふくよかな演奏になっていくのである。

 演奏は、同じ内容を2コーラスしただけであっけなくエンディングを迎えた。それに苦笑していたのは波留であった。もう終わり?と口が動いていたのがわかった。

 本来であれば、楽器ごとにソロのパートを入れるのであるがそもそもジャズを知らない連中がジャズの演奏をしようというのであって、演奏のルールさえ知らなかったのである。

 とにもかくにも大喝采を浴びて、オーナー・バンドの出番は終わった。それと同時に忘年会もお開きとなった。

「よかったよ」「うまいねえ」 

 集まった近所の人たちは銘々に細井にあいさつをすると、ごちそうさま~とマスター兼シェフの豊見城にも声をかけて帰っていく。

「いやあ、よかったねえ」

 細井が自画自賛する。自己満とはこのことを言うのである。

「どうも無理言ってすみませんでした」

 細井が波留にお礼を言う。

「やっぱり、プロのピアノが入ると全然違うねえ」

「ソロ回してくれるのかと思いましたよ」と波留が苦笑いする。

「すみません。そういう余裕がなくて・・」

 細井がひたすら恐縮する。

「来年は頑張ります」

 細井と波留とは距離を置いていた小谷野も本音を言えば心地よかった。演奏が楽しかったのである。ただ、またこのメンバーでやることについてはどうなのと自問してみるのだった。

 落合バンドのメンバーは、そそくさと自分たちが持ち込んだ楽器や機材の片付けを始めていた。

 小塚や細井は、余韻に浸りながらもベース講師の土方にダメ出しをされている。ピア二ストの波留はマスターが作ってくれたパスタに一人カウンターでぱくつき始めていた。

「小谷野さん、カッコよかったよ」

 マスターが片付けをしながら厨房から半身を出すと手持無沙汰にしていた小谷野に声をかけてきた。

「いやあ、緊張していっぱいいっぱいでしたよ」

 小谷野が本音を吐露する。

「練習期間、あまり無かったんでしょ?すごいなあ」

 マスターは片付けの手をとめて厨房から完全に出てきた。

「今度、マスターもどうですか?」

「いやあ、私は音楽的な素養がまったくなくてだめですよ」

「そうなんですか?うちらも同じですけどね」 

 小谷野はお世辞を使えない。

「小谷野君、すごいね」

 そこへやってきたのは、同級生の藤井満だった。

「ああ、久しぶり。来てたの?」

 藤井が来たタイミングで、マスターはまた厨房に戻っていった。

「先生から連絡があったんで・・」

「そうなんだ」いろいろ声をかけたんだなと小谷野は笑った。

「あれ、今、学校の先生やってるんだっけ?」

 藤井は、細井に憧れて小学校の教員になったと噂に聴いていた。

「あ、そうだ。藤井君は、ピアノできる?」

 小学校の教員であれば、いくらか弾けるのではないかと思いついたのである。

「そうだ。藤井がいたよ。藤井もバンド入らない?」

 あいさつもそこそこに小塚が会話に割り込んできた。

「入ってもいいけど、ジャズなんか弾いたことないよ」

「大丈夫だよ。俺たちも同じだから。これから練習すればいいじゃない」

 藤井が迷っているのをよそに、決まった決まったと小塚が囃し立てる。

「なになに。藤井君がピアノやってくれるの?いいじゃない」

「いや、まだ何も返事してないよ」

「やろうよ、やろうよ。はい、決まり!」

 細井も気が早い。

「でも、ちゃんとできないよ、きっと」

「いいから、いいから、大丈夫、大丈夫」

 有無を言わせず、半ば強引な細井と小塚である。

 ほんとうに大丈夫なのか?

 小谷野だけは無理強いはしたくない気持ちだった。自分と同じ思いはさせたくないと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 ффффф ффффф ффффф

 

 さて、本日取り上げるアルバムは、JOHNNY GRIFFINの『introducing JOHNNY GRIFFIN』(1956年)である。

 



 シカゴを中心にビッグ・バンドなどで実力をつけていたジョニーがニューヨークに出てきて初めてリリースしたリーダー作である。

 

 ジョニー・グリフィンの魅力は、そのメロディアスでありワイルドでもあるブロウにある気がしている。

 スローな曲ではエモーショナルでもあり、好きなテナー奏者の一人である。

 

 ワン・ホーンのカルテット構成なので、ジョニーの魅力を存分に味わえる。

 

 メンバーは、

  JOHNNY GRIFFIN(ts)

  WYNTON KELLY(p)

  CURLY RUSSEL(ba)

  MAX ROACH(ds)

 

 

Mil Dew (Remastered 2006/Rudy Van Gelder Edition) - YouTube