期限は約半年しかない。何から始めたらいいかわからない小谷野は、次男の颯太に教えてもらおうと思った。
颯太は、今年大学に入学したばかりで大学の第2ジャズ研に所属していた。高校時代も軽音楽部に所属しドラムを叩いていたのである。家には、その時に買ってあげた電子ドラ(電子ドラム)があった。小谷野も試に少し叩いてみることもあったが当てもなく叩いていてもすぐに飽きてしまう。
「おいら、ジャズ研と言っても2部だから。正統派のジャズはやらないんだよね。1部の連中がほんとのジャズ研で、おれらは亜流だから・・」と笑う颯太。
「なんだそれ?じゃ、なにやるの?ジャズじゃないの?」
小谷野は期待が外れてがっかりしたが子どもを責めるわけにはいかない。自分が勝手に期待しただけだ。
「主にファンクが多いかな。ジャズの4ビートは難しいよ」
「そうなんだ」
「お役に立てなくてごめん」
「まあ、いいさ」
結局、颯太の勧めもあって、小谷野はドラム・レッスンを受けることにした。
早速、ネットで検索してみると、専門の音楽教室や近隣の楽器店が主宰する楽器のレッスンが何か所かあったが、意外にも小谷野の近所に個人でやっている音楽教室を見つけたのである。
個人とはいえ、ピアノだけではなく、ギターやサックス、それにドラムなどそれぞれちゃんとした講師を抱えているので驚きであった。
「へえ、すごいじゃないか」
小谷野は独り言を言うと、早速、電話で訊いてみた。説明によると、音楽教室は自宅でやっているが、レッスン室が狭いためドラムだけは別にスタジオを借りて行っているとのことであった。レッスン場所は隣町にあり、車で通える距離だった。
初めてのレッスンに訪れた場所は、街はずれの畑が混在する地域で小谷野も何回か通ったことのあるところだった。
ただ、通ったのは日中であり、夜になるとひっそりと静かであった。こんなところに音楽スタジオがあったのかと思って近づくと、スタジオとは名ばかりで雑居ビルの一部屋を借りただけのものだった。
講師は、20代後半の若者で、部屋にはドラム・セットが2台備えられていた。常時、レッスン・スタジオとして利用しているわけではなく、レッスンのある時だけドラム・セットを部屋に運び込んでいるらしい。
始めに、簡単なガイダンスがあった後、小谷野はどんな曲をやりたいのか訊かれた。
「特にやりたいという曲はないんだけれど、とにかくジャズをやりたいんですよ」
小谷野が答えると講師は顔を曇らせた。
「え?ジャズですか?ジャズねえ・・。ドラム初めてなんですよね? 始めからジャズっていうのは難しいですよ」と言う。
ドラム教室の講師って、何でもできるわけじゃないのか。それともこの講師ができないだけなのか。普通のドラム演奏とジャズ・ドラムはどう違うのか。小谷野にはさっぱりわからない。
「正直言うと、僕、ジャズ苦手なんですよね」と言って、講師は申し訳なさそうに苦笑いする。
小谷野は少しがっかりしたがせっかく申し込んでおいていきなり辞めるわけにはいかない。
「いずれにしても、ドラム初めてなので基礎からお願いしますよ」
思い直して口にしたが、これは本音だった。ドラムのドの字も知らない身である。基礎から学ぶことも必要だなと自分で勝手に合点した。
「そうですよね」と、講師も急に明るい表情になった。後から知ったことだが、講師自身もレッスンをやるのが初めてだったらしいのである。
レッスンは、基礎の基礎から教えてくれた。スティックの握り方からドラム・セットの名称までひととおり説明されると、じゃあ早速叩いてみようといきなりドラム・セットの前に座らせられた。
まずは、両手打ち、それからシングル・ストロークの練習だ。テンポを速めたり、バス・ドラとスネアを交互に叩いたり・・・
「そうそう。いいですね」
講師から激励を受けると楽しくなってくる。
少し慣れてくると、早くも8ビートの練習である。まずは、ハイハットとスネア・ドラムでリズムを刻む。このあたりまでは、どうってことなくできる。「3年生を追い出す会」での“実績”が功を奏したのだろう。
「なんか、かっこいいですね。かなりやっているように見えますよ。初めてなんですよね?」
「え?そうですか?」
中学校で一度叩いたことがあるとは言わなかった。まるっきり初めてだと言っておいた方がいいと思った。実際、初めてみたいなものである。ここは謙虚に徹し、一から教えてもらうつもりでいた。
その後、8ビートにバス・ドラを挟んでみる。途端に両手のリズムが狂うので、やはり初めてだと答えておいて良かったと思った。
これにも段々慣れてくる。今度はメトロノームに合わせて叩く。さらにテンポを少し上げていく。こんな具合にあっという間に1時間の個人レッスンが終った。
「センス良いですね。リズム感もあるし・・」
リップ・サービスだとわかっていながらも講師から言われると悪い気はしない。
「基礎練習は毎日、たとえ30分でもいいですからスティックを握ってくださいね。8ビートもエア・ドラムでイメトレしておいてください」
講師には、家に電ドラがあるとはまだ言わないでおいた。小谷野は、次のレッスンが楽しみになってきた。
ффффф ффффф ффффф
さて、本日取り上げるアルバムは、KENNY DORHAMの『Quiet Kenny』(1960年)である。
ケニーは、アメリカのジャズトランペット奏者で、『Afro-Cuban』や『’Round about Midnight at The Cafe Bohemia』などの名演もあるが、このワンホーンの作品が個人的には好きである。
このアルバムは、スタンダードのほか自作の曲も数曲収めている。
自作の「Lotus Blossom」を除けば、アルバムタイトルのように比較的に落ちついた深みのある演奏である。
演奏者は次のとおりで、難しいことはわからないが、テンポの速い曲はビバップの楽しさ、ブルースやバラードでは美しいメロディとペットの心地よい音色が味わい深い。
Kenny Dorham – trumpet
Tommy Flanagan – piano
Paul Chambers – bass
Art Taylor – drums
Kenny Dorham - 1959 - Quiet Kenny - 02 My Ideal - YouTube
Kenny Dorham - 1959 - Quiet Kenny - 01 Lotus Blossom - YouTube
