杏子の葬儀が終わると、何事もなかったように世界は回り出していた。クラスの仲間たちも杏子の話題をすることはなくなった。
優斗は、何もする気が起きなかった。杏子が居なくなってから張合いもなくなり、既にフォークソング同好会も脱会していた。
朝、登校して、授業が終われば一人家に帰る。漫然とそうした一日を繰り返すだけの日々だった。
沼田や吉本が「元気出せよ」などとありきたりな慰めの言葉をかけてはくれていたが、優斗には一向に効果がなかった。
橋口と加奈子は、優斗の気持を察してか、しばらくは架ける言葉を失っていた。
「実は、一度だけ杏子の見舞いに行ったの」
ある日のこと、加奈子が迷った挙句、優斗に打ち明けてきた。
「え?ほんとに? なんで教えてくれなかったのさ」
優斗にはさほど怒る元気も残っていない。
「優斗君には教えないでくれって、杏子から口止めされていたから」
「そうなの?なんでだろう。何度か電話したけど全然出なくて・・・」
「お母さんは、杏子につきっきりだったみたい」
「そう。杏子は、どうだった?」
「大分、落ち込んでいたし、やつれていたので、正直、かける言葉もないくらいだった」
「かわいそうにな・・・」
優斗の声は震えていた。
「自分から別れを切り出したのが相当辛かったみたいだし、優斗君のことも気にしてた」
「・・・」
「ごめんねえ。私も迷ったんだけど、杏子に怒られるかなと思ったし、約束したから・・・。でも、優斗君に教えてやればよかったと今は後悔している。杏子もほんとは会いたかったのかもしれない・・」
「そんなこと言うなよ!俺はどうすればよかったんだよ?今更、そんな話聞きたくなかったよ」
「ほんとに、ごめん」
加奈子は泣きそうだった。傍らでずっと二人のやりとりを傍観していた橋口が割って入る。
「加奈子の気持もわかっていやれよ」
「ふざけんなよ!」
橋口が口を出してきたことで、我慢していた優斗の緒が切れた。
「俺の気持を考えた事があるのかよ!」
そう言い捨てると、優斗は教室を出ていった。
あの日、杏子は既に病魔に侵されていたのだ。鎌倉での疲れた様子は病気のせいだったのか。無理をしていたのかな、きつかっただろうなと思い出す。あんなに楽しそうにしていたのに、あれも無理していたのかな。なぜ病気のことを話してくれなかったのだろう。受験勉強するからなんて嘘だったのかな。なぜ、もっと自分に頼ってくれなかったのだろう。
それが情けなくて、哀しくて、腹立たしくて・・じっとしていると大声を上げたくなる。
杏子は一人で悩んで、苦しんでいたのだろうか。それなのに、俺はあんな冷たい態度をしてしまった。あれが最後だったなんて・・・。それが悔やまれてならない。
しかし、ほんとのことを告白されたところで自分に何かできただろうかとも思う。病気の杏子を支えてあげることができただろうか。そんな頼りない俺を気遣って、杏子は病気のことを打ち明けなかったのだろうか。今となっては、ほんとのことはわからない。
優斗は、それからというもの、家にいても、電車に乗っていても、授業中でさえも、ふと杏子を思い出す。その度にそのことが気になってしまうのである。自分はどうしたらよかったのか。
夏休みが終わって、2学期が始まった。
優斗が登校してくると、それまで花が飾られていた杏子の机が花瓶ごと片づけられていた。
そんなものなのか、卒業するまで置いておかないのか、そう思ったが優斗は怒る気力もなくなっていた。
秋になると、皆、眼の色が変わってきた。本格的に受験勉強に熱が入ってきたようだ。皆、自分のことで精いっぱいなのである。
橋口でさえ、最近ではあまり絡んでこない。帰りも加奈子と一緒の日が多く、優斗は一人で帰る日が多かった。自分が杏子と付きあっているときはその逆だったから文句は言えない。
優斗は、学校にいても楽しくなくなった。だからといって、受験勉強にも身が入らない。
あの日、もっと優しくしてあげればよかった。ああ、また杏子を思い出している。
とにかく最後にあんな別れ方をしてしまった、そのことだけが悔いになっている。ずっと、後悔しているのだ。
そのような状況で大学受験を迎えた優斗にいい結果が待っているわけはない。受けた大学は、ことごとく不合格であった。
滑り止めに受けた大学も補欠合格だった。補欠とは名ばかりで、要は多額の入学金を積めば入れてやると言う話なのだ。
優斗は両親と相談して浪人することを決めた。裕福な家ではないので、1年だけという条件で親が許してくれた。それで駄目だったら働く覚悟だった。
現役で大学に合格した者は、意気揚々としている。沼田に吉本、村岡に桑野は三流ながら合格した大学に進むと決めた。
浪人を決めたのは優斗のほか、高山と杉沢がいた。橋口も浪人して早稲田を目指すんだと言っている。加奈子は、念願の都内の短大に合格していた。
楽しかったはずの高校生活も最後の一年は虚しいものになってしまった。
やがて、春が訪れ、卒業の日が来た。毎年、誰にも平等に春は来る。でも、杏子にはもう来ないのだ。
優斗は、卒業式が終わると靴を履いて一人外に出た。もうこの靴を履くこともないのだろう。
慣れ親しんだ校庭を見渡すと、入学当時からあった古びた二つの工場がバックネット裏に影を落としている。パン工場からは、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。この匂いともおさらばだ。
杏子が生きていたら、今日の日をどんな気持ちで迎えることができただろう。高校最後の一年間、どんな風に送ることができただろうか、そう考えると改めて辛くなる。
これから憂鬱な浪人生活が待っている。そろそろ気持ちを切り替えないとな・・・。
優斗は、そう思いながら卒業証書の入った筒を強く握りなおすと姿勢を正して校舎に別れを告げた。
校舎を囲む桜の蕾が膨らみかけていた。
ффффф ффффф ффффф
さて、本日取り上げるアルバムは、NORAH JONESの『Feels Like Home』(2004年)である。
デビュー・アルバム『Come Away With Me』(2002年)が大ヒットし、グラミー賞の数賞に輝いた勢いにのってリリースされたセカンド・アルバムである。
このアルバムもかなりヒットし、1曲目の「Sunrise」はグラミー賞3部門を受賞したとのことである。
受賞歴はともかく、実際、いい曲だし、好きな曲の一つである。
彼女の魅力は、あのスモーキーな声だろう。
デビュー・アルバムを踏襲するような、ジャズの雰囲気を漂わせながらの、ソウル、カントリー、フォーク、ポップスに通じる楽曲が収められている。
どれも、ゆったりと心落ち着く曲ばかりである。
ところで、父親がインドの有名なシタール奏者であるRAVI SHANKARだったとは恥ずかしながらこれまで知らなんだ(笑)。
Norah Jones - Sunrise - YouTube
Norah Jones - Those Sweet Words - YouTube
