杏子が学校を休み始めてから2か月ほど経った雨の日だった。

 朝起きてから、優斗はずっと胸の中がざわついているのを感じていた。学校に来てみればいつもと変わらない風景だが、ただ、相変わらず杏子の姿だけを見ることができないでいた。

 朝のホームルーム、担任がいつもと同じように仏頂面をして教室に入ってきた。教壇に立つと重いイントネーションで口を開いた。

「悲しい知らせがあります」

 ぴたぴたと窓のサンに当たる雨だれの音だけが静まり返った教室の中に響いていた。

「今朝、北村さんが亡くなりました」

 ジトッとした重い空気が締め切った教室内に一気に充満した。

 隣の生徒と顔を見合わせながら、誰もが驚きの表情になる。

「北村さんは重い病気にかかっていてしばらく入院していましたが、治療の甲斐なく、今朝ほど息を引き取ったとのことです。誠に残念です」

 優斗は、担任が何を言っているのか理解できないでいた。

 杏子が亡くなった

 亡くなった

 何が?

 どうして?

 優斗は、静寂の中にいた。発する言葉が見つからない。息をするのさえ忘れかけていた。

 やがて、止まっていた時計が動き出すように教室内は急にざわつき始めた。既に泣いている女子もいる。

 橋口と加奈子は、互いに遠くの席から視線を合わせながら、ただ茫然としているだけだった。やがて、申し合わせたように優斗の様子を窺った。

「葬儀の日程が決まったら報告するので、できるだけお別れに行ってあげてください」

 担任は、坦々と報告すると教室を出ていった。

 担任が居なくなると教室はさらにざわついてくる。生徒たちの思い思いの憶測は、重力に逆らうことなく、床に落ちては雨のように流れていく。

 優斗は、焦点の定まらない眼で何かを見つめていた。もう何も聞こえない。

 頭の中を“なぜ”という二文字だけがぐるぐると駆け回っている。

 あまりにも唐突で、理不尽な報告。

 信じられない。

 明るくて元気だった杏子の顔が浮かぶと、最後に東京駅で見た悲しい表情がオーバーラップして覆いかぶさってくる。

 一体、何があったのだ。

 何もわからない。

 今は、思考をめぐらすことができない。

 気がつけば、椅子を蹴って教室を飛び出していた。でも、どこへ行くあてもない。

 やり場のない虚しさは、地面に浸み込むことができないまま、徐々に水たまりになっていった。

 優斗は校庭に立ち、雨に打たれるまま空を見上げていた。

 杏子が死ぬなんてあり得ない。

 そのうち、元気になって登校してくるものだとばかり思っていた。そんな風に暢気に構えていた自分のノー天気さに今更ながら腹が立つ。

 雨は、優斗の顔を、肩を、胸を容赦なくたたいていく。

 哀しいとかそう言う単色な感情ではない。

 雨か涙かわからないものがひたすらに頬をつたって流れてくるのである。

 橋口と加奈子は、ただ黙って窓から優斗を見守っているしかなかった。

 

 

 

 

 

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  さて、こんな日に取り上げるアルバムは、MARIA MULDAURの『HEART OF MINE』(2006年)である。

 



 マリア・マルダーのソロ・アルバムとしては、15作目あたりの作品である。

 「Sings Love Songs of Bob Dylan」というサブタイトルにあるように、要はボブ・ディランの楽曲をカバーしたアルバムである。

 

 ディランのアルバム『Love And Theft』中の「Moonlight」に心を奪われて、このアルバムを作ることを思い立ったとのことであるが、二人とも個性的な声と歌唱をしているので聴き比べても面白い。

 

 ディランの楽曲の中でもとりわけラヴ・ソングを集めた内容になっている。

 

 こう聴いてくると、ディランも案外ロマンティックな曲を書くなと改めて感じる。

 

 

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