駅から高校までの途中に「大森飯店」という昔ながらの中華飯店があった。噂では、大盛焼きそばの盛りがかなりやばいという話で、東野高校の生徒の間では話題になっていた。

 ある土曜日の帰り路、高山の発案で優斗と吉本、橋口の4人でその店に寄ろうということになった。桑野も誘ったらしいが用事があるとのことで食べずに帰って行った。杉沢に至っては、「こんな汚ねえ店で良く食えるな」とけんもほろろであった。

 結局、この4人になったわけである。

 古ぼけた暖簾をかきあげると、昼時だというのに客がいない。奥の厨房でオヤジが煙草をくわえたまま新聞を読んでいた。こちらを一瞥したものの「いらっしゃい」のあいさつもない。厨房の換気扇も油まみれだ。優斗は、一瞬たじろぎ、帰りたくなったが、高山の顔色がまったく変わらないのを見て諦めた。

 4人は、一番入口に近いテーブルに座った。少しべとつくテーブルにはメニューが置いてない。

「らーめん」「タンメン」「もやしそば」「五目そば」「焼きそば」「・・・」壁にかかったメニューは煤けていて、何年もメニューが変わっていないことを物語っていた。

 もともと“名物”の焼きそばを食べに入ったのだからメニューを見るまでもなかったのだが、なんとなく選ぶそぶりを見せる4人だった。

 優斗の脳裏には既に“後悔”の二文字が浮かびつつあった。興味本位で一度食べてみたいと思った大盛焼きそばであるが、見るだけでもいいやという気分になっていたのである。

 3人は迷わず大盛焼きそばに決めているが優斗は躊躇していた。見るだけでいいんだけどな・・

「この店来たら大盛焼きそばだろ?」

 誘った高山が口をとがらせて言う。

「食べきるかなあ」優斗は、まだ迷っている。

「大丈夫だよ。食えなきゃ残せばいいじゃん」

 吉本も煽ってくる。

「残したら悪いし・・・」

「大丈夫だよ」

 厨房に振り向きながら高山は優柔不断な優斗の決断を待てずに勝手に4人前を注文してしまった。

「あいよ」

 奥から無愛想だったオヤジが機嫌よく返事してきた。

 さて、どんなのがくるのかなと4人とも皆興味津々で厨房をのぞきこんでいる。

 大きな中華鍋にもやしがどっと入った。すかさず、麺も入れていく。オヤジは両手で中華鍋をゆすったり返したりしている。

 やがて、大きな皿に盛られた焼きそばがドンと二つ出てきた。

「へい、お待ち。あと、二人は、ちょっと待ってな」

 どうやら、一度に二人前しか作れないようだ。

「俺、先でいい?」

 高山は、皆の承諾を待たずに箸を割って臨戦態勢だ。

「いいよ。あとは、優斗喰えよ」

 吉本が促す。

「え、いいの?」優斗が訊くと

「喰うの遅そうだから」と吉本と橋口が笑う。

 高山は、既に大皿にかぶりついている。

「どう?」橋口が訊くと「まあまあかな」と高山が答える。

「聞こえるぞ」

 吉本が慌てて厨房を見ると、オヤジは必死に中華鍋を操っていた。

「これ、何かけたらいいかな」

 あまり味を感じない優斗は、テーブルにあったソースを引き寄せて、焼きそばにかけてみた。

 中農ソースは焼きそばの表面をつたって、ほとんど皿の周りに垂れてくる。麺の中に浸み込んでいかないのだ。なんだこれ?優斗が笑い出しそうになると、吉本と橋口の焼きそばも出来上がってきた。

 箸で麺をつまむと中からもやしの塊が出てきた。麺ともやしが混ざり合っていない。具はほとんどもやしだけだ。

 吉本と橋口も食べ始めた。

「味がしねえな」

 橋口が笑いをこらえながらソースをかけている。隣で吉本も笑いをこらえている。優斗の隣では高山がズルズルと麺をすすってはものすごい勢いで咀嚼している。

「落ち着けよ」

 高山の食べ方を見て、吉本が呆れる。

 すると、突然、高山の箸が止まった。

「ちょっと、休憩」

 そう言いながら高山がため息をつく。

「そんな慌てて喰うからだよ。しかし、何もかけないで良く食えるな」

 今度は、橋口が呆れる。

 優斗の箸はなかなか進まない。ようやく半分ほど食べると飽きてきた。

「ちょっと、トイレ借りていいですか?」

 高山がそういうとオヤジに向かって“トイレどこ”と訊く。オヤジは黙って顎で場所を示すとまた新聞に目を落とした。

 さすがに食事の途中でトイレ借りるのもなんだかなあと思いつつ、優斗の腹も段々きつくなってきた。トイレから出てきた高山もさっきの勢いがなくなっていた。

 結構な時間をかけながらも4人はなんとか平らげることができた。

 

「いやあ、満腹、満腹」

 高山が腹に手を当てながら、満足げだ。

「もう、あそこはいいかな」

 吉本と橋口も些かうんざりした表情を浮かべている。

 優斗も「もうわかったからいいね」と苦しげな顔をしている。そう言うと、足早に駅に向かった。

 

 自宅近くの最寄駅に着く頃、急に優斗の腹が差し込んできた。

 “こりゃ、やばいかも”

 優斗は、焦って自転車を漕ぎだした。“がんばれ~”自分に言い聞かせながら必死に自転車を漕ぐ。そして、なんとか、間に合って事なきを得たのだった。

 トイレにすわりながら、優斗は“もう二度と行くもんか”と誰に言うともなく声に出していた。

 

 

 

 

 

 庭の枯葉を掃く傍から、カサッと新たな枯葉が音を立てて落ちてくる。それが“冬の足音”のように聴こえ、何かに急かされている気分の今日この頃である。

 

 さて、本日取り上げるアルバムは、BONNIE BRAMLETTの『IT’S TIME』(1975年)である。

 



 デラニーと別れてからのセカンド・ソロ・アルバムで、移籍先のキャプリコーン・レコードとしては第1弾になるアルバムである。

 キャプリコーンの本拠地メイコンでレコーディングされた関係からか、バックにはオールマン・ブラザーズ・バンドのグレッグやブッチ・トラックス、ジェイモー、チャック・リーベル、その他にもボイヤー&ダルトンらも参加していて、ボニーのエネルギッシュでエモーショナルなボーカルを支えている。

 

 バックがこのメンバーなら、スワンピーなサウンドでおじさんはご機嫌。そのうえ、ボニーのソウルフルな歌唱が素晴らしい。