優斗は、4月になって正式にフォークソング同好会に復帰した。
応援団を辞めてからすぐにでも復帰することは可能だったが、まだ3年生が在籍していたのであからさまな活動は心理的に憚られたし、そもそも喉の調子も悪かったからでもある。
先輩たちが卒業した今となっては誰に遠慮することもない。好きな歌を続けられる幸せすら感じていた。
その頃、優斗はRCサクセションが大のお気に入りだった。ただ、彼らはウッドベースを含めたフォーク・トリオである。一人で弾き語りができそうな曲は限られる。譜面集があるわけでもなく、歌詞を聴き写し、耳コピで適当にコードを振る。ただ、一般受けするような曲があまりなさそうだなとも感じていた。
優斗は、できることならオリジナル曲を作りたいと予てから思っていた。同好会の他の会員たちもオリジナル曲は誰もやっていない。オリジナル曲を歌えば、一躍脚光を浴びるのではないか。何とかオリジナルを作りたいという欲求が日に日に増していった。
思いつく風景や感傷を言葉にしてノートに書きだしてみる。曲をつけるには、あまり字余りにならないようにしたい。慣れない作業に難儀しながらなんとか詞ができた。
でも、なかなか曲が思いつかない。ギターで適当にコードを弾きながら鼻歌のように歌詞をなぞってみるが、なんとなくどこかで聴いたようなメロディになってしまう。なかなか作曲は難しいものだ。
曲がつけられないまま気がつけば歌詞だけがノートに溜まって行った。優斗は、曲もさることながら詞についても誰かに評価してもらいたいと思うようになった。
同好会で仲良くなった米村賢一が2年から同じクラスになっていたので、彼に見てもらって率直な意見を訊いてみようとある放課後声をかけた。
米村の反応はまずまずだった。同年代の高校生の「想い」には共感してくれたようだった。気をよくした優斗は、それからというもの歌詞ができると米村に見せるようになった。米村は嫌がらずに毎回適切なアドバイスをしてくれた。かといって、当の米村はなぜか自分でオリジナル曲を作ろうとはしていない。
米村は、高田渡の曲を好んでレパートリーにしていた。決して万人受けのしない高田渡の渋い曲を朴訥と歌う姿は、同じ年齢であることを忘れてしまうくらいであった。
5月には、定例のコンサートが計画されている。2年生になると20分の枠が与えられる。4曲か5曲くらいは演奏ができそうだ。さて、何を歌おうか・・。
さて、本日取り上げるアルバムは、DEANA CARTERの『I’m Just a Girl』(2001年)である。
ディーナは、アメリカのカントリー系のシンガー・ソングライターで取り上げるのは3回目になる。
少しハスキーがかった甘い声が大好きである。
クリスマス・アルバムを除けば3作目にあたるアルバムでファッション雑誌の表紙のようなジャケ写も魅力的。
1996年のデビューアルバム『Did I Shave My Legs for This?』で大成功を収めた後は、2作目は1作目ほど振るわず、レコード会社が変わったり、プライベートでは離婚があったりと結構な苦労人のようである。
このアルバムは、主に自宅でレコーディングされたとのことである。
全曲の曲作りに関わっていて、肩の凝らないポップな楽曲が多い。
