※アップしてから少し修正しました。内容は変わりません(笑)
「ああ、腹減ったあ」
そうぼやいているのは、沼田浩美だ。
沼田は太っていた。100キロは超していると見える。学ランが今にもはちきれそうだ。パーマっ気のある髪をリーゼントにしていて、ツッパリを気取っている。
そんな容姿をしているせいか、このクラスに入って最初に目についたのが沼田であった。
2年生になった優斗には新たな友人ができた。教室は北隅のプレハブ校舎から新校舎に移った。新校舎2階東側の外れにあって、校門に一番近い昇降口から階段を上がればすぐ自分の教室に着くことができた。時々遅刻すれすれに登校する優斗にとっては、この差は大きかった。
教室の窓からは、校庭の半分が見える。残り半分は、旧校舎が遮っていた。校庭を囲む高いフェンスの向こうには、古い石鹸工場とパン工場があって、冬になると野球場のバックネット裏や一塁側にも黒い影を落としていた。
ちょうど3時間目が終わる頃になると、パン工場から甘く香ばしい香りが漂ってくる。プレハブ校舎にいた頃は気づかなかったが、教室の窓を開け放していると空かした腹を容赦なく刺激してくるのである。
「おふくろが若い男と駆け落ちしてしまってよ。妹がまだ小さいから、親父が家政婦を雇ったんだけど、朝来るのが遅いからさ、弁当が間に合わねんだよ」
沼田はまことしやかに言っているが、どこまで本当かわからない。
「ダイエットになって、ちょうどいいじゃねえ」吉本秀一は、そう言って笑っている。
吉本と沼田は仲がよさそうだった。
「それにしても腹減るな」
沼田と吉本の会話は、あえてクラス中に聞こえるようにしているようだった。もともと目立つ体型だし、声も大きい。当然、優斗の耳にも入ってくる。
そんな沼田は、3時間目が終わると、前の席の男子がトイレか何かで席を外したすきにさっとそいつの弁当を広げてはおかずの一つをつまんで元に戻しておくのである。そして、昼食の時間に弁当を広げて驚く様子を楽しんでいるのである。
そんな悪ふざけを回りも面白がっているきらいがあって、優斗も始めは笑いながら傍観していた。
あるとき、そういう仕業を「いいかげん、やめてやれよ」と嗜めたのは吉本であった。沼田はなぜか吉本に一目置いていて、彼の言うことには従うのであった。
やがて、沼田の矛先は優斗に向かってきた。ただ、優斗の弁当を盗み食いしようとまではしなかった。吉本に言われたからかもしれない。
昼休みになり、優斗が弁当を広げると、早速、その大きな体をゆすりながら沼田がやってきた。
「さ、優斗君の今日の弁当のおかずはな~にっかなあ?」
「あげないよ」優斗はすかさず弁当を隠す。
「あれ?水臭いな。何かくれてもいいんじゃない?」「あ、その卵焼きでいいや」
「いいやじゃねえよ」「卵焼きください、だろ?」
優斗は蛇に睨まれた蛙のように既に諦めモードになっていた。
「わかったよ」「ゆうとく~ん、卵焼きくださいな」
「しょうがないな、ほれ」
優斗が卵焼きを箸でつまんで差し出すと、沼田は手で取って口に入れる。
「ああ、うめえ」
それで気が済んだのか、優斗ばかりにねだるのが悪いと思ったのか、ごちそうさまと言いながら去っていく。次は誰にしようかなというと、近くの男子は一斉に身構えるのだった。
沼田は、翌日も優斗の席にやってきた。
「今日のおかずは何かな?」
「またかよ。ダイエットしてるんじゃないの?」
「してるよ」「してるけど、腹減るじゃん」「実はよ、今日は親父が持って行けって、カップ・ヌードルくれたんだけどよ。これ、お湯がねえと食えねえんだよな」
「お湯なら、職員室でもらってくればいいじゃん」
「やだよ。職員室なんか行きたくねえよ。ただでさえ、せんこうに睨まれてるんだから」
「じゃあ、諦めな」
そう言いながら、沼田の困った顔がおかしくて優斗は笑い出した。
「冷てえこと言うなよ」「あ、その冷凍ハンバーグでいいよ」
沼田はいきなり弁当の中に指を入れようとしてきた。
「あ、指入れんじゃねえよ」「これは今日のメインだからあげないよ」「だいたい、冷凍で悪かったな」
温めただけで詰められた冷凍ハンバーグは、とうに冷めて脂の白い固まりで覆われていた。
「じゃあ、そのカップヌードルと交換な」
カップヌードルは、世界初のカップ麺で、まだ、が発売されたばかりで珍しかった。フォークで食べるCMが斬新だった。優斗もまだ一度しか食べたことがない。
「え、これは貴重だから無理」
そんなやり取りを回りにいる連中も楽しんでいるようにも見えた。優斗自身も沼田の人懐っこさに怒る気がしない。いつの間にか優斗と沼田も互いに憎めない存在になっていった。
さて、本日取り上げるアルバムは、LINDA RONSTADTの『Living In The U.S.A.』(1978年)である。
リンダが絶好調の頃のアルバムである。
今回、なぜリンダを取り上げたかと言うと、実はアルバム収録曲の「Alison」が突然、頭の中で鳴り出したからである。理由も何のきっかけもなく唐突にである。
この曲、エルビス・コステロの作で、リンダのこのアルバムが大ヒットしたことでコステロも有名になったと言われているようだ。
リンダと言えば、アルバム収録曲のチョイスがいつも素晴らしく、それが楽しみの一つにもなっているのである。
例えば、1曲目のロックンロール「Back In The U.S.A.」はチャック・ベリーだし、ドリス・トロイのヒット曲「Just One Look」にJ.D.サウザーの「White Rhythm & Blues」、リトル・フィートの「All That You Dream」、ミラクルズの「Ooh Baby Baby」、エリック・カズの「Blowing Away」などなど。
新たなアレンジとリンダの素晴らしい歌唱、こりゃ大ヒットしたわけだ。
Linda Ronstadt - 1978 - White Rhythm & Blues - YouTube

