藤木副団長からの呼び出しをばっくれた翌日から、優斗はしばらく辛い日々を過ごすことになった。
峰山新団長以下同期の団員からは白い目で見られるし、3年の団員といつ顔を合わせてしまうかひやひやしていたからである。
実際、峰山や東からは会っても無視されるし、同じクラスの小沢にも当然冷ややかな態度をされる。ただ一人だけ、田村だけは今までと変わらぬ接し方をしてくれた。
「斎木君は辞められてよかったね」と羨ましげに言う時さえあるが、自分も辞めたかったとは言わない。本音がどうなのかは、優斗も聴かない。優斗にも後ろめたさもあったし、そんな田村にだけは悪いことをしてしまったと思っていた。
強引に辞めてしまったことが無責任だとか、中途半端だとか感じることもあるが、元々「仮入部」だと偽って無理やり入団させられたようなものだから「おあいこさ」と自分自身に言い聞かせていた。
問題は、3年の団員であった。なぜなら、優斗の教室に行くには常に部室の前を通らなければならなかったからだ。
優斗の高校は、校庭に面して3階建ての旧校舎があり、職員室や事務室、保健室などのほか3年生の教室があった。そちらに行きさえしなければ会う確率はまず少ない。
旧校舎の裏側には同じく3階建ての新校舎があり、1階は特別教室で2階3階が2年生と1年生の一部の教室がある。1階と2階の連絡通路で互いに繋がっている。さらにその裏にはかつての食堂で現在は使われていない建物があり、その横には武道場と柔道部、剣道部の部室、さらにその奥に応援部の部室があったのだ。
武道場と新校舎は外廊下で繋がっており、優斗の教室は武道場の更に奥に建てられた2階建てのプレハブ校舎だったため、どうしても応援部の部室前を通らざるを得なかったのである。
そもそも、プレハブの建物だったと気づいたのは、1学期の終わりの頃であった。夏休み前の数日は、暑くて暑くて授業には集中できず、冬は冬で非常に寒かった。1年1組から5組までは新校舎で、6組から9組までがこのプレハブ校舎なのである。不公平だと思わざるをえなかったが、それは夏と冬の一時だけであって、今となってはこんなところに自分の教室があることが別な意味で疎ましかった。
朝や帰りだけではなく、休み時間にトイレに行くにも必ず部室前を通らなければならないのである。いつ、部室から出入りする3年に出くわしてしまうかわからないのだ。
現に藤木副団長と伊藤先輩にばったり出くわしてしまったっことがあった。優斗も知らん顔もできず軽く会釈をしたが、藤木は完全に無視、伊藤は横目で優斗を見ながら「ふん」と薄ら笑いを浮かべただけだった。幸い、3年に会ったのはそれ1回だけで、3年生自身ももほとんど部室にくることはなかったようだった。
優斗は、徐々に退部の後ろめたさも消えていき、勉学に励んだ。特に苦手な数学は中学校の頃の教科書まで引っ張り出し、復習をした。
その甲斐あってか、3学期の成績に赤点はひとつもなかった。これで、無事に進級できるのだ。応援団を辞めておいてよかったと心の底から思った。誰に何と言われようと自分の判断が間違っていなかったし、自分の決断と行動に自信が持てたのである。
もう一つ嬉しかったのは、「一生治らない」と脅かされていた喉の調子も徐々に回復していき、3学期末にはほぼ元通りの声に戻ることができたのだ。
優斗の高校は、2学年に進級する際に将来の大学受験を「理科系」にするか「文科系」にするかを選択しなければならなかった。それによって、クラス編成も当然変わるのである。
優斗は、将来どんな職業に就きたいのか、何をしたいのか夢も願望もなかったが、数学が苦手なために「理科系」はまず選べないなと思っていた。必然的に「文科系」を選択したのである。
3学期、最後の終業式が終って教室に戻ると4月からの2学年のクラス編成が発表された。3年に進級する際はクラス編成替えがないため、これにより2年間付き合うことになるクラスメイトが決まるのである。そのため、どんなメンバーと一緒にはなるのか、せっかく仲良くなれた級友と離れたくない、などと思惑が錯綜して重い雰囲気が漂っていた。みんなドキドキなのだ。
ペーパーが配られると、歓声や悲鳴が教室を充満させた。優斗は2年7組になった。同じクラスのメンバーを見ると、仲の良い橋口や応援部の田村の名前があった。小沢は、「理科系」に進んだ。他にも同じクラスになる者が何人かいた。他のクラスから一緒になるメンバーにはフォークソング同好会で当初仲良くなった米村賢一もいたが、山本力は別なクラスだった。他のメンバーは名前を見てもわからない。どんなやつなんだろうと思ったが、入学当時のような不安はない。むしろ、会うのが楽しみだった。
女子を見ると、気になっていた大林加奈子も北村杏子も優斗と同じクラスで、それが何よりもうれしかった。ツンデレの佐藤しおりの名前もあった。湯原こずえは他のクラスに分かれるが優斗にとって落胆はなかった。他の女子の名前はほとんど知らない。これも楽しみだった。
同じクラスになる者、離れ離れになる者、それぞれ悲喜こもごもな反応で大騒ぎである。中には泣いている者さえいる。
なんと担任の菱川は2年7組の担任である。また同じかよと思ったが、人畜無害、大勢に影響はない。担任のあいさつの後、下校となったがそれぞれ別れを惜しむ者たちでなかなか教室は空にならなかった。
「また一緒だな」橋口が近づいてきた。
「よかったよ、またよろしくな」と優斗が返す。
「大林も北村もまた一緒で良かったじゃない」橋口も嬉しそうだった。
「そうだね」優斗もまんざらでもない顔で返した。
「帰りにラーメン喰っていこうぜ」
「いいね」
優斗と橋口は意気揚々と肩を組んで学校を後にした。
さあ、4月から心機一転だ。まだ受験を気にしないで済む2年生の間に高校生活を満喫しようと決めた優斗であった。暮れから伸びた髪が春の風に触れて心地よかった。
さて、本日取り上げるアルバムは、あみんの『P.S.あなたへ…』(1983年)である。
あみんは、岡村孝子と加藤晴子の2人による女性デュオで、「待つわ」が大ヒット。
このアルバムは、彼女たちのファースト・アルバムであるが、同年リリースの『メモリアル』とうアルバムとの2枚を残して解散。
その後、岡村孝子のソロ活動のあと、2007年から二人で活動を再開し、3枚ほどアルバムをリリースしている。
なんといっても「待つわ」は名曲。職場の歌の上手な後輩女子二人がカラオケ・ボックスで綺麗にハモっていたのが個人的に印象に残っている(笑)。
他のアーティストからの提供曲も歌わせたいというレコード会社側の意向と、できるだけ多く自作曲を歌いたいという当人の意向が衝突し、当初は前年10月にリリースする予定だったものを延期して、あみん側の意向を通し、オリジナル曲中心の構成となった(ウィキペディアから)
岡村孝子の作る曲も二人のハモリも心地よく、彼女のオリジナル曲を中心にレコーディングしたことが成功したように思う。
