先輩のアドバイスのとおりだった。
目標であった第1折返し点の治鞍橋までのコース約10キロを走りきると、優斗は少し休もうと走りをやめて歩き出してしまった。そうすると、なかなか走りを再開することができないのだ。先輩の言う通りだ。とりあえず、10キロメートルを休まずに走り続けておいて良かったと思った。
折返し地点からは、優斗よりも遅い者とすれ違っていく。まだまだ続々と続いている者たちを見れば自分が上位にいることが想像できた。それでも、後続者がどんどん追い越していくと焦ってくる。このまま歩いているとまずい。どうにか走りはじめるのだが、また歩きたくなる。
そんな風に走っては歩き、歩いては走ってを繰り返していると、公園から土手にあがった合流点まで来た。ここまで来てしまうと、優斗にレモンをくれた湯原こずえの立っていた地点は通り過ぎたことになる。優斗はレモンの例を告げるつもりだったが既に湯原の姿はなかった。
やがて見えてきたのは第3中継点だ。右手にはゴールの第2グラウンドがあり、先頭らしき集団がもうゴールしていくのが見える。早いなと優斗は驚く。
「もう少しだよ。がんばって!」上級生の女子スタッフから声を掛けられた。励まされてはみたもの、もう少しどころかまだまだ遠いのだ。
第2グラウンドの入口を過ぎると、これから向かう第4中継点の板目橋から折り返してきた者とすれ違うようになる。橋口はどのあたりを走っているのだろう。折り返して走ってくるのだろうか。それともまだ優斗の後ろを走っているのだろうか。いやいやそんなことはないだろう。
右手の河川敷には雑草が繁茂している。その先に見えるのが少し濁った長田川の流れだ。左手遠方には住宅地が広がる。どこまで行っても同じ景色だ。
女子の姿も見るようになってきた。折り返してきた者もいれば、優斗と同じようにこれから折返し点に向かう者もいる。女子の姿を見ると、優斗は走りを速めて追い抜いて行く。
すると、向こうから談笑しながら二人の女子が歩いてきた。そのうちの一人は、文化祭で一緒にフォークダンスをした1年先輩の女子だった。そういえば、名前も知らない。
彼女も優斗に気づいたようで無言でにこやかに手を振ってきた。優斗は今気づいたような振りをしながら軽く会釈をしてすれ違った。「誰?」もうひとりの女子が彼女に訊くと、彼女が何か答えていたようだったが遠ざかる優斗の耳には届かなかった。
優斗は、その後も相変わらず少し走っては歩いてを繰り返していた。最後の折返し点は県境にある板目橋である。しばらく前から見えていたが近いようで遠い。走っても走ってもなかなかたどり着かないのだ。
その間も、同じクラスの生徒何人かとすれ違った。ほとんど、歩いているが中には走っている者もいた。優斗は、クラスの女子の姿が見えると急にスピードをあげて颯爽と走ってきた振りをする。その度に「頑張って!」と声を掛けられるのである。女子が遠ざかるとまた歩いてしまう。
そのうち、大林加奈子と北村杏子のコンビの姿が見えてきたので優斗はまた走り出した。
二人に近づくと先に優斗に気がついた大林が「斎木君だ。頑張ってね」と笑顔で手を振る。北村も笑顔だが何も言わず軽く手を振るだけだった。優斗は、二人からパワーをもらって、急に脚が軽くなった。
気がつくと第2折返し点である最後の中継箇所が目の前に迫っていた。優斗は折り返すと最後の力を振り絞ってゴールまで走ろうとした。
ゴール近くになると先ほどすれ違った大林と北村に追いついた。ここで追いつくとは、二人はあれからずっと歩いていたんだろうな。
「あれ、早かったね」大林が驚く。
「まだいたんだ」優斗は笑いながら答えた。
「じゃあ、3人で一緒にゴールしようよ」大林が提案してきた。
「いいね」「そうしよう」
「せえの、ゴール!」
トップで走りきったような顔の3人は、改めてかけ直してくれたゴールテープを切った。
優斗の着番は115位だったが満足だった。小学生の頃から苦手としてきた持久走や長距離走だ。自分としては上出来である。先輩のアドバイスのとおり、最初の10キロメートルで歩かなかったことが功を奏したようだ。
「今かよ、遅いな」
ゴールした優斗たちを見つけた橋口が両手に何かを抱えてやってきた。
「やっぱり先にゴールしてたんだ?」優斗が訊く。
「スタートした途端はぐれちゃったな」
「ああ、探したけど見つからなかったよ。どうせ、橋口のスピードには到底ついていけなかったけどな」
どの折り返し地点でもすれ違うことがなかったので、相当上の順位に違いない。
「これ、参加賞だって」橋口が3人にパンと飲物を渡す。
「ありがとう。橋口君って早いんだね」大林が感心する。
「いやたいしたことないよ」橋口がドヤ顔をすると大林は笑った。優斗と北村もつられて笑う。
「それより、パン喰おうぜ。待ちくたびれて腹減ったよ」
橋口がそういういいながらパンにかぶりつく。
「待たせて悪かったね」半分本気で優斗が謝る。
「とりあえず、座ろうよ」
大林が促すと4人はグラウンドの外れの草むらに座って、思い思いにパンや飲物を口に運んだ。
北村はなぜか無口である。
ゴールの判をもらうと自由解散である。最寄駅に歩き出す者もいれば、次々にゴールしてくる参加者を眺めている者もいる。
4人はしばらく談笑していたが、そのほとんどを橋口と大林が喋っていた。優斗は隣に座る北村が気になっていた。
「そろそろ帰ろうかな」
ほとんどしゃべらずに3人の話を聞いていた北村が立ち上がり、尻についた草を払った。「そうだね」大林も立ち上がった。
「俺も帰ろうっと」今後は橋口が立ち上がる。
「優斗はどうする?」
「帰るに決まってるだろう?ここにいてどうするんだよ」優斗が憮然とした顔をするとまた3人が笑う。
4人は駅に向かって歩き出した。
コースの土手を横切ろうとするとふいに風が舞った。北村の長い髪が揺れる。綺麗だと思った。
もう、秋も終わるのかな。心の中でそうつぶやくと、少しセンチな気分になる。
優斗は、毎年、秋から冬に向かうこの時期が一番好きな季節なのであるが、一方で、何か焦りにも似たような不安に苛まれるのである。
でも、今はいつもと違った。
さて、本日取り上げるアルバムは、渡辺真知子の『海につれていって』(1978年)である。
これは、彼女のファーストアルバムである。
今や中古レコード店では飽和状態にあるとか誰かがネットに書いていたけれど、実態は定かではない。
デビュー・シングルである「迷い道」やセカンド・シングルの「かもめが翔んだ日」が大ヒットした。この2曲も収められている。
考えてみたら、彼女はシンガー・ソング・ライターであった(笑)。
歌謡番組に良く出演していたので、そんなイメージがなかったのであるが、アルバムの収録曲はすべて彼女の作曲で、「かもめが翔んだ日」ともう1曲を除き作詞も手掛けている。
横須賀出身ということで、海をテーマにした曲もあるし、ジャケット写真がいいじゃない。おじさんは好きだな(笑)
