「斎木は後夜祭出る?」展示室の片付けをしながら小沢が訊いてきた。

「何それ?」優斗は何も知らされていない。

「これから校庭でファイアストームをやるんだよ」

「何それ?」また同じことを訊く。

「火を囲んでフォークダンスやるんだってよ。毎年恒例らしいよ。女子と手をつなげるぜ」小沢が嫌らしい眼で笑った。

「小沢はどうするん?」

「もちろん出るよ」そう言ってまた笑った。

 優斗は、ふと大林や北村などクラスの女子を思い出した。そういえば、文化祭中は誰の顔も見ていなかった。クラスの出し物がなかったせいか、来ていないのか?いや、そんなことはない、初めての文化祭だから来ているだろう、そうやって自問自答する。

 クラスの他の連中も後夜祭に出るのだろうか。誰もこのことに事前に触れていなかったし、何の申し合わせもしていなかったが誰かいるだろうと微かな期待を胸に校庭に出てみた。

 

 外はすっかり暗くなっていて、半分しか点いていないナイター照明が校庭に集まってきた生徒たちをぼんやりと浮かび上がらせていた。優斗は、同じクラスの生徒を探してみたがなかなか見つけることができないでいた。

実行委員会長があいさつをした後、校庭の中心に設置されていたファイアストームに点火されると歓声が沸き起こった。

 やがて、フォークダンスのBGMが流れてくると自然にファイアストームを囲む輪ができる。優斗もそのまま輪に溶け込んで踊り始めたが、見覚えのある一年の他のクラスの女子でさえほとんど会うことはなかった。数曲が終るとちょうど次のパートナーが隣に回ってきた。

見ると一年先輩の見覚えのある女子だった。というのも、彼女には彼氏がいていつも二人で下校するのを見かけていたからである。

 その男は、よくギターケースを持ち歩いていたのである。噂によると、かつてフォークソング同好会に所属していてギターの腕前が凄くてブルースをよく歌っていたらしい。おそらく会の活動が物足りなくてやめてしまったとのことであるが、それなのにギターを持ち歩いているのが謎であった。

 容姿はさほどではないのに彼女は綺麗で校内でも目立つ方だった。なので、優斗はいろんな意味で羨ましく思っていたのである。

 

 その人がちょうど次のパートナーと分かったときは心臓の高鳴りを覚えた。今日は、彼氏とは一緒ではなさそうだ。一緒ならこんなフォークダンスなんかには参加せずにさっさとどこかにしけ込んでいるに違いない。彼女だけフォークダンスをしたかったのだろうかなどと考えながら、曲のスタートに備えて彼女の肩越しに手を繋ごうとしたときだった。

「人数が増えてきたので輪を二重にしてください」進行係のアナウンスがあった。すると「中に入ろうか?」と優斗の手を引きながら彼女の方からエスコートをしてきた。

 優斗は、「はい」と間抜けな反応しかできず、彼女に手を引っ張られながら内側の輪に入って行った。

 曲が流れ出す。肩越しに回した優斗の右手が彼女の差し出した右手を握る。柔らかな感触が優斗の脳を痺れさせる。

「応援団だよね?」優斗の緊張が伝わってしまったのか、ゆっくりとステップを踏みながらふと彼女が訊いてきた。

「はい」優斗はぎこちない答え方しかできない。

「さっき、体育館の演技見たよ」

「あ、そうでしたか」

「カッコよかったよ」

「あ、ありがとうございます」少し照れる。夜になって少し冷えてきたが優斗の顔は火照っていた。暗くてよかったと思った。

「いい声してるね」

「そうですか?いや・・そ」予想外の言葉にうまく反応できないでいると、あっという間にパートナーの交替になってしまった。「じゃあ」としか優斗は言えない。彼女は頷きながら微笑むだけだった。次のパートナーと踊っていても前を踊る彼女しか見ていない。段々、彼女が遠ざかる。自分の「彼女」でもないのに寂しいような悲しいような気持ちになるのは何故だ。優斗はそんな自分の気持ちに戸惑うばかりであった。

 

 曲が変わった。すると輪の動きが先ほどの曲とは逆回りになり、また彼女と踊る番が来た。

「また逢ったね」と彼女が笑う。優斗は嬉しくなった。その後も右回り、左回りと交互に曲を流すので彼女と何度も踊ることができた。一緒になるたびに一言二言会話を交わしながら時間は過ぎていき、いよいよ最後の曲になった。

 最後の曲の最後には彼女と組むことができなかったが、他の人と踊っている間もずっと彼女が気になっていた。終わった瞬間、すぐに彼女に歩み寄っていくと、「今日はありがとう。楽しかったよ」と言われた。優斗も「ありがとうございました。あの・・」と言いかけると、「じゃあね」と立ち去ってしまった。

「あの・・」その次に何を言おうとしたのか自分でもわからない。

 小走りで去っていく彼女の後姿を見ていると人混みの中に男が視界に入ってきた。すると彼女がその男に駆け寄っていき、一緒に帰っていく様子が見て取れた。

 やっぱり彼氏が待っていたのか。優斗は、少しがっかりした。ほんのつかの間であったがひとつ年上の彼女に恋心に似た感情を持ってしまったことが恥ずかしかった。それでも楽しかったのは事実である。この気持ちは誰にも言わずに自分の心にしまっておこうと決めた。

 

 

 

 

 

 さて、本日取り上げるアルバムは、来生たかおの『夢の途中』(1981年)である。

 



 男性のファンは少ないのかもしれないが、私は好きである。

 昔、声が似ているとカラオケボックスに同伴した女性から言われたせいもある(笑)。

 

 

 このアルバムは、来生たかおの7作目のオリジナル・アルバムで、中古ではなくリアルタイムで購入したものである。

 

 曲は、姉の来生えつことのコンビで、本人がマンネリと称しているくらいに常に穏やかな楽曲と優しげな歌い方が女性の心をつかむのかもしれない。

 

 アルバムタイトル曲「夢の途中」は薬師丸ひろ子が「セーラー服と機関銃」というタイトルでリリースしてヒットしたので有名である。

 

 「夢の途中」のほか「恋ひとつ」「白い愁い」「美しい女」「穏やかな構図」「ためいき春秋」「さよならのプロフィール」など、大好きな曲が盛りだくさんのアルバムである。