朝食を済ますと、9時から練習である。夏の甲子園予選大会が終わってしまってからは、当面の目標が無くなってしまったかと思っていたが、秋の文化祭では「トリ」に応援団が演技を見せることになっているらしかった。

 この夏季合宿は、その文化祭に向けた演技の練習と体力増強が目的だと優斗が知ったのは、初日の団長の説明からであった。

 それにしても毎日暑い。この暑さの中で体力増強ができるのか、疲れが溜まるだけではないのか、もともと合宿には消極的だったせいか優斗は些か疑問を感じていた。もちろん、それを口にするのは憚れる。

 もういいかげん疲れたなと思っていたら、ほんとに気持ちが悪くなってきた。優斗がその旨申し出ると休憩が与えられた。優斗が休んでいるのを知ると、今度は次々に体調の不調を訴える者が出てきてしまい、団長は仕方なくそれぞれに休憩を命じた。

 そんな中、同じ1年の関田和俊だけはタフでダウンしない。それでも、皆が休んでいるのを見るとさすがに休みたくなったのか不調を申し出てきた。ところが、「演技」が下手だとの理由で関田だけ休憩が許されなかった。というのは団長特有の冗談で、結局、全員でしばらく休憩をとることになった。3年生も実際のところこの暑さにバテていたのだ。

 その間に優斗はトイレに行った。ぼうっとしながら用を足していると、尿の色が赤黒いことに気づいた。驚いて思わず声をあげると、「つれしょん」についてきた小沢翔平が便器を覗きこむ。

「これ?血尿じゃないか?」

「血尿?」血と聞いただけで優斗は貧血を起こしそうになった。

「きっと、そうだよ。団長に言った方がいいんじゃないか?」

 戻ると優斗は早速その旨を団長に伝えた。ところが大したことはないだろうと取り合ってもらえず、やがて練習は再開された。

 午前中の練習が終わってからもまだ血尿が出続けていた。優斗が再度申し出ると、ようやく病院に行くように指示されたのである。

 昼食の片付けが終わってから、大山先輩が付き添って病院へ行くと「過労」だという診断であった。点滴を打ってもらうとそのまま帰宅が許されたが、しばらく運動は控えるように医師から指示されたのである。

 診断結果は、大山から団長に伝えられた。

「け? あの程度の練習で過労だと? 情けねえな。」

「すみません。」としょげる優斗であったが、内心はもう練習に出なくていいんだと嬉しさをかみ殺すのに苦労した。

 優斗は、このまま合宿を止めて帰宅できるとばかり思っていたが、その考えは甘かった。結局、合宿所に残り、大山の手伝いをするように命じられてしまったのだ。

「まあ、仕方ないな。とりあえず、夕飯の支度をしなきゃならないから買物してきてくれないか。」

 早速、大山に用事を頼まれ、優斗はひとりで近くのスーパーに向かった。

 ちぇ、帰れると思ったのになあ・・・。言われた食材を購入して合宿所に戻ると、休む間もなく今度は野菜の刻みを命じられた。チャーハンやカレーライスくらいは手伝ったことはあるが、本格的に調理などやったことがなかった。

 優斗が慣れない手つきで野菜を刻んでいると、3年の女子が声をかけてきた。

「なかなか上手じゃない」

「身体は大丈夫?」

「帰らしてくれないの?可哀そう」

 次々に優しい言葉をかけてくれる先輩にささくれだっていた優斗の気持ちも少し和らいだ。

 

 夕飯の席で団長から優斗の状況説明があり、とりあえず練習は休ませる旨の報告がなされた。

「いいなあ」一年団員が口々に優斗に絡んでくる。優斗はどんな顔をすべきか迷い、無表情を決め込んだ。

 夕食後の洗い物は優斗一人が任された。それまでは、一年全員でやっていたのだが、練習に出ない代わりに一人でやれと言うのだ。見兼ねて手伝ってくれた大山に礼を言うと、優斗は一人遅れて部屋に戻った。皆は先にシャワーを済ませて、思い思いに自由時間を過ごしていた。優斗は、なんとなく疎外感を感じ始めていた。

 

 3日目ともなると身体も暑さになれたのか、それとも逆に疲れが溜まっているのか、消灯になると眠りにつくのは皆早い。

 臨海学校での遠泳も棄権してしまったし、合宿も一人だけ脱落してしまい、優斗は自分が情けなかった。この先、やっていけるのだろうかと不安な気持ちになり、なかなか寝つけない。

 

 優斗がやっと微睡みかけると、ひそひそ声や忍び笑いが微かに耳に入ってきた。

「むにゃむにゃ」

なにやら、もぞもぞ動く音や寝ぼけたような声がする。その都度にくすくすと忍び笑いが起こる。

「こいつ、まだ寝てるよ。熱くねえのかなあ?」

 奥近先輩の声だ。

「もうやめてくださいよ、眠いんだから!」

いきなり、峰山豊が跳ね起きるとそう言ってまた寝てしまった。

「もう、止めておけ。」

笑いながらも奥近をとがめる団長の低い声がした。

 優斗は寝返りを打つ振りをしながら薄目を開けてみた。

 暗がりの中で蚊取り線香の灯が揺れている。奥近が、今度は寝ている関田の踵に線香の火を付けようとしていた。悪質ないたずらだな。あいかわらず、意地悪な先輩だ。みんな、疲れて眠たいはずなのに酷いことをするものだ。

 せっかくうとうとしかけていたところを起されたことや、奥近の底意地の悪さに萎みかけていた自分自身への不甲斐なさが重なり、行き場のない怒りに似た感情が込み上げてきて、すっかり眠気が醒めてしまった優斗であった。

 

 

 

 

 

 さて、本日取り上げるアルバムは、J.J.CALEの『SHADES(蔭)』(1981年)である。

 



 ケイルの6作目にあたるアルバムである。

 

 周知のように、エリック・クラプトンがケイルの曲を取り上げたことから脚光を浴びたと言われているシンガー・ソング・ライター、ギタリストである。

 

 一言でタルサ・サウンドと言ってしまえば終りであるが、その音楽は、カントリー、R&B、ブルース、ジャズ、フォークなど多様な要素を含んだ奥深く、味わい深いスワンピーなサウンド・ミュージックである。

 

 冒頭の「Carry On」からその魅力を発揮していて、まるで西部劇が始まるようなイントロである。

 「Deep Dark Dungeon」はファンキーなブルース・ナンバー、「Pack My Jack」もブルージーでいてセッション風な演奏が楽しい。

 「Runaround」はちょっぴりジャジー、「What Do You Expect」はテンポの良いブルース・ロック風。

 

 いぶし銀のようなギター・プレイに朴訥としたボーカルがどれも飽きさせない。

 

 ビル・ペインやジム・ケルトナーなどの客演も光っている。