夏休みに入って間もなく優斗を乗せたバスは外房のとある海水浴場に向かっていた。

 一年生恒例の臨海学校が始まったのだ。一学年9クラスを3班に分け、2泊3日で実施された。小学校でも中学校でも林間学校は経験していたが、臨海学校は初めてである。  

よりによって、なぜ「海」なんだ?

泳ぎの不得意な優斗にとっては憂鬱以外の何物でもないが、「遠泳」も何とかなるだろうし、それよりも級友たちとの「外泊」は初めてのことであり楽しみでもあった。それゆえ、「不参加」という選択肢は思い浮かばなかった。

 

 お昼近くなって、これから2泊する臨海学校専用の民宿にようやく到着した。道中のバスの中は賑やかで楽しかった。これだけの大人数を一度に受け入れできる民宿は少ない。そのため、毎年、この民宿にお世話になっているらしい。

 庭も広く、庭を囲むように和室の大部屋がいくつも連結してあり、そのうちのひとつに優斗は入った。仲のいい橋口とも一緒の部屋だ。女子は2階の部屋である。

 荷物を降ろすとすぐに昼食だった。昼食にはアジフライが出て、新鮮な刺身も添えられていた。さすが海辺だけはあるなと感心し、その後の食事も楽しみになった。

 昼食が終るとすぐに着替えて海岸に向かった。民宿から歩いても数分で浜辺に到着できる立地である。思えば、海水浴は泳ぎの苦手な優斗には縁が無く、海を見たのは幼い頃連れてこられた潮干狩り以来だった。


 さすがに海は広いな。そう感動する一方で、外房の些か荒い波に不安を覚える優斗であった。白い波が容赦なく打ち寄せている。果たしてこの波を乗り越えて沖へ出ることができるのだろうか。寄せては返す波をみていると心臓がバクバクしてくるのがわかる。


「さあ、始めるぞお!」大きな図体の男が叫んだ。

誰だこいつ?

身長は190㎝くらいあり、すごい胸板をしている。こんな教師いたかな?

 その男は、水泳専門の指導員を学校が依頼していた人物だった。主に、優斗たちAクラスの男子を担当し、引率の教員は補助的な役割を担っていた。

 準備運動の後、早速、海に入るように指示が出た。Aクラスは全員泳げるという前提だったので、指導員と言っても具体的な水泳方法を教えるわけでもなく、まるで監視員のような様相であった。

 優斗は、果敢に波に向かっていくが、なかなか波を乗り越えることができない。海水だから浮くという教師の理屈を信じて、思い切って波の向こう側へと身を投げ出すのであるがその都度砂混じりの波に押し戻されてしまう。

(くそ!)

 優斗が波際で悪戦苦闘している間に皆ひと泳ぎして戻ってくる。

「あれ?こんなところで何してんの?」橋口が不思議そうに声をかけてきた。

「波が乗り越えられないんだよ!」

「ええ?思い切って飛び込んじゃえば大丈夫だよ。」

「ううむ、やってるんだけどね。」

 そうこうしているうちに休憩の笛が鳴った。

 

 休憩後も結果は同じだった。

(何をやってるんだか、俺は)

打ちひしがれるような気持ちで初日は海を後にした。

 

 民宿に戻るとシャワーを浴びる。庭先に設置されたシャワーは一度に全員が使えるわけではない。自ずと順番待ちになる。結局、波を乗り越えることができなかった優斗は、シャワーを浴びるのも遠慮がちになり、後から浴びようとシャワーから距離をとって空くのを待っていた。

 そこへ橋口がくる。

「大林のケツ、可愛いよな」と、背中を向けてシャワーを浴びている女子の方に目を向けてにやけている。

「やめろよ、聞こえるぞ。」

「シャワーの音で聞こえないよ。それにしても、大林のケツ・・」と言いかけた瞬間、優斗と橋口の目の前を大林本人が横切ったのである。結局、大林だと思って眺めていた女子は人違いだった。

「やべえ、聞こえちゃったかな?」

「だから止めろと言ったろ!」と言いながら二人で大笑いした。いつの間にか、優斗の落ち込んだ気持ちも晴れやかになっていた。

 

 

 

 

 

さて、本日取り上げるアルバムは、LUTHER ALLISONの『Love Me Mama』(1969年)である。

 



ルーサー・アリスンは、私の好きなブルースマンのひとりで、取り上げるのは3回目。

 

今回のアルバムは、彼のデヴュー・アルバムである。

 

ハウリン・ウルフやフレディ・キングなどにも認められたブルース・シンガーであり、ギタリストである。

 

スタイルは、バディ・ガイのような感じで、本格的なブルースもあればブルース・ロック的な演奏もする。

 

ギターも上手い。

 

このアルバムは、デヴュー作ということもあり、B.B.キングやウィリー・ディクソンなどのカバー曲をメインに取り上げている。