気がつけば試合は7回裏の攻撃になっていた。予想したとおり、5対0でわが校が劣勢だ。

7回の攻撃時は、「応援歌」をやることが習わしになっていた。試合中は、通常の団旗を掲げている。紺地一色に高名の書かれたシンプルなデザインで、畳6畳ほどの大きさである。「旗持ち」は3年の奥近が担当した。攻撃時は、最上段の席でこの団旗を振りかざすのである。

7回の攻撃時には「大団旗」が登場する。これが県下でも類を見ないほどの大きさで、こちらは畳12畳ほどもある。青、赤、緑、まるで信号機のようであるが、これには意味があった。青は紺碧の青空、緑は武蔵野の大地、そして赤は熱き情熱を現している。そして、中央に校章と学校名を入れた自慢の「大団旗」であった。

この神聖な「大団旗」を掲げるときによろけたり、団旗を地面に擦りでもしたら大変である。一年生が総出で旗を持ち、合図とともに一気に持ち上げるのだ。風をはらむと100キロを超すともいわれている「大物」である。当日は、運よく風がほとんどない。さすがにこれを振るのは無理な話で、上げたり下げたりするのが精いっぱいである。

 この「大団旗」が上がると一気に士気も上がるのであった。これを背にして、「応援歌」を歌うと、応援も最高潮に達してきた。宮元が大太鼓を連打する。

 優斗の額からは滝のような汗が流れ落ち、学ランは既に塩を噴いている。中に着ているワイシャツもぐっしょりだ。

 すると、応援の成果もあってか初ヒットが生まれた。初ヒットにスタンドは大盛り上がりである。バッターがツー・アウトになる間にランナーは3塁まで進塁した。ツー・アウト3塁、得点の好機である。ここでヒットを打って、一矢を報いたいものである。スタンドの応援も益々白熱してきた。さすがの好機に応援に集中していた優斗の頭の中にはもう大林の姿は消えていた。

 そこで、何やらベンチからサインが送られた。サードランナーもバッターも怪訝そうな顔でベンチを覗くが、そのままボールを見送ると審判のコールは「ストライク!」

 すると、監督がタイムを要求したかと思うと「こっち来い!」と大声でランナーとバッターがベンチに呼びもどされた。

「貴様ら!スクイズのサインが見えなかったのか?!」

「え? 監督、ツー・アウトなんですけど・・・」とバッターが応えると、ベンチにいた選手たちは皆下を向いて肩を震わせていた。

監督は、一瞬、驚いた様子だったがすかさず、「思いきり振って来い!」と何事もなかったかのように選手を送り出した。

当然、優斗の席からはそのやりとりは見えなかったが、後日、同じクラスの野球部橋口から聞いて、なるほど永年弱小チームと言われ続けきた一因を垣間見た気がした。

試合が再開するとバッターは敢え無く内野ゴロで打ち取られ、7回の攻撃も無得点で終わった。その後も相手校に追加点が入り、結局、7対0で試合は終わり、1回戦敗退が決まったのだった。

試合が終了すると、応援団同士でエールの交換を行うことが慣例であるが、相手校の応援団は来ていない。そのため、優斗の応援団だけが相手校にエールを送って終了した。

 

優斗たちが団旗をたたんでいると、OBの赤熊ら数人のOBが姿を現した。

「おお、ご苦労さん。」

「押忍!」

 優斗も片付けの手を止めてOBたちにあいさつをする。

「残念だったな。」

「押忍!」

「奥近、がんばったな。」

「ありがとうございます!」

 奥近の鼻息が荒い。

「じゃあ、またシゴキに行くからよ、あはは」

「お疲れ様でした。」皆、腰を120°に曲げて最敬礼である。

 

「さあ、さっさと片付けて帰るぞ」

 団長が改めて激を入れる。

すると、そこへその場の雰囲気には似つかない若い女性の声がした。

「斎木君!お疲れ様」

 優斗が顔をあげるとそこに大林加奈子が数人のチア部の仲間と立っていた。大林は既に白いTシャツと薄いピンクのキュロットに着替えていた。私服姿の大林は制服で見るより少し大人びて見えて、優斗はどきりとした。

「ああ、お疲れ!」

「じゃあ、また学校で!」

「ああ!」

大林は、背中を向けると足早に去って行った。

 その後姿をぼうっと眺めていると、

「誰だ? かわいい子じゃねえか。彼女か?」

 笑いながら団長がちょっかいを入れてきた。

「いえ、同じクラスの女子です。」と照れ笑いする優斗。

 

そんな他愛のない会話の後、応援団も球場を後にした。試合は負けたが、最後に大林に会えてどこか晴れやかな気分の優斗だった。

 

 

 

 

 

曲は、LINDA RONSTADTの「Prisoner in Disguise」で、アルバムは『哀しみのプリズナー』(1975年)

 



アサイラム・レコードからは2作目で通算6作目にあたるソロ・アルバムである。

 

アンドリュー・ゴールド(ギターその他)、ケニー・エドワーズ(ベース)、ラス・カンケル(ドラム)らが基本的にバック演奏を担当し、曲に応じてローウェル・ジョージ、ダニー・コーチマー、J.D.サウザー、エミルー・ハリス、ジェームス・テイラー、デヴィッド・リンドレー、マリア・マルダーなど豪華ゲストが演奏やバックコーラスで参加。

 

ニール・ヤングの「Love is a Rose」、ジェームス・テイラーの「Hey Mister, That's Me Up on the Jukebox」、ローウェル・ジョージの「Roll Um Easy」、J.D.サウザーの「Prisner in Disguise」、ジミー・クリフ「Many Rivers to Cross」、ドリー・パートンの「I Will Always Love You」など、聴きごたえ充分の人気アルバムである。