駅の改札を出て右に向かう。駅前の商店街を抜けると辺りは住宅街だ。線路沿いの道路を歩いているとやがて左手に校門が見えてくる。

 斎木優斗(さいきゆうと)が入学した高校は、共学の県立高校であった。進学するなら共学と決めていた。男子しかいない学校なんて殺伐としてつまらないだろうと思ったからだ。ただ、この高校を選んだのには特別な理由はなく、中学校の担任の教師に大学進学を希望するならと勧められたからに過ぎない。自転車で通える近くの高校より、電車通学に憧れていた優斗にとっては丁度よかったのである。

 合成であるが始めて履いた革靴は少し大人になった気分にさせ、擦れた踵の痛みも気にならないほど足取りは軽かった。

果たして、どんな高校生活が待ち受けているのだろう。どんな級友たちがいるのだろうか。友達はできるだろうか。授業にはついていけるだろうか。様々な想いが込み上げてくる。期待と不安、多少の緊張、複雑な気持ちがない交ぜになって、いつの間にか優斗の脚を速めさせていた。

 

 校門をくぐるとすぐに体育館が現れた。入学式の会場である。

 同じ中学校から入学した同級生も何人かいたが、それぞれ別なクラスに編入された。同じクラスに知る者はいない。指定された列に到着順に並んでいく。前に並んでいた優斗と同じ位の背丈をした男子が突然振り向いて、優斗の顔をまじまじと見てきた。何か?と訊くか迷ったが、黙ってそいつの顔を見返していた。ニキビ顔に坊主頭、団子鼻で太い眉をしていた。決して、イケメンとは言い難い。その男は、少し間をおいてから「早く始めないかな」と独り言か優斗に話しかけたのか曖昧な言い方をすると、すぐに前を向きなおして整列した。

 眼鏡をかけた初老の男性教師が前に立っている。あいつが担任だろうか。

 

 まもなく、式典は始まった。

校長のあいさつや教員の紹介など一連のイベントが終ると、教員は退席して校歌指導なるものが始まった。ぞろぞろと出てきたのは、人相の悪い応援団の面々であった。

 優斗は、すぐさま嫌悪感を覚えたが、変に視線を合わせたら何をされるかわからないと思い、団員が近づく度に視線を下に落とした。

 

 「いいか!これから3年間歌う校歌を教えてやるから、さっさと覚えろよ!」

ステージに立った団員が第一声を放つと、少しざわついていた館内が静まり返った。背は低いがさすがに声はデカい。

今度はもう一人の団員が意外な美声で歌い始めた。ワン・フレーズずつ後について一年生がなぞる。

「声が小さい!」と檄が飛んできた。そんなこと言われても初めて歌う校歌だ、大きな声で歌えるものなんかいない。「声が小さいよ!もっと、大きな声で!」と、竹刀を床にたたきつける団員もいる。

優斗は内心反発したかったが、どういう連中かまだわからない。せいぜいクチパクで歌っている振りをするくらいしかできなかった。しかし、それもすぐに見透かされた。傍に立っていた団員が寄ってきて「声が出てねえよ」と耳元で囁く。それが返って恐怖心を煽るのだった。一年生たちは、何度も繰り返し歌わされ、無理やり憶えさせられていった。優斗もおかげで一日で校歌を覚えることができた。

 団員たちは優斗と同じように普通の制服を着ていて、応援団からイメージされるような長ランにボンタンという出で立ちの者はおらず、それが優斗には意外だった。

 

 ようやく解放されると、クラスごとに教室に誘導された。優斗のクラスは9組だ。鉄筋コンクリートでできた本校舎から一旦屋外に出て廊下を渡った先にあるプレハブの校舎であった。教室に入ると互いに初対面の級友たちはざわざわとその不満を口にしていた。指定された席に着くと、入学式で前に並んでいた男子が隣の席に座っていた。橋口と名乗るその男子が二言三言話しかけてきた。優斗はどこか人懐っこい彼とは馬が合いそうな気がした。

 

 やがて、担任が入ってきてホームルームが始まった。やはり、担任は列の先頭にいた初老の教員だった。菱川といい、英語の担当であった。ひととおりガイダンスが終わると下校となった。翌日から、早速授業が始まるとのことである。

下校の途に就く頃には、優斗の高揚感はすっかり萎えていた。

 

 

 

 

 



曲は、GUITAR SHORTYの「A Little Less Conversation」で、アルバムは『Watch Your Back』(2004年)である。

 



GUITAR SHORTYは、アメリカのブルース・ギタリストで、シンガー・ソングライターである。

 

そのワイルドなギター・スタイルは、ジミ・ヘンドリックスやバディ・ガイにも影響を与えたらしい。