「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね?

 ええ、夏、碓氷から霧積へ行く道で谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ・・・」

 

松田優作の台詞のあとに「Mama Do You Remember?・・」と続くジョー山中の歌

角川映画「人間の証明」のテーマ曲は、当時、角川映画が莫大な宣伝料を費やしたこともあいまってか、大ヒットして一躍彼の名前を有名にした。

 

https://www.youtube.com/watch?v=j8uklD3_ywA

 

 

彼がソロ活動を始める前に参加していたバンドが、「Flower Travellin’ Band」だ。

内田裕也がプロデュースしたバンドで、そのセカンドアルバム「SATORI」がアメリカやカナダで評価される。特にカナダでの人気は高かったようだ。

 

シタールのような楽器を取り入れたり、和太鼓で使用するリズムや東洋的な旋律が外国人にはエキゾチックに聞こえたのかもしれないが、ただの物珍しさだけで受けるほど海外は甘くない。

 

ジョーの歌唱力や石間秀樹のギター、和田ジョージのドラムなど、メンバーの腕も確かで、日本のロックミュージシャンも世界に通用することを証明して見せた。




 

https://www.youtube.com/watch?v=919X0aIsrIo

 

 

 

その後、このバンドは日本で「Maid In Japan」、「Make Up」を発表している。

当時のレコードジャケットは凝っていて、「Maid In Japan」は段ボールのような素材だし、「Make Up」はジャケットが別なデザインの袋に入れられていて面白い。

 




 

Make Up」は、タイトル曲のほか数曲がライヴ録音されており、演奏力には自信があることもうかがえる。

とりわけ「Shadows of Lost Days」は、ジョーの3オクターブの音域を活かした名曲に仕上がっている・

 

https://www.youtube.com/watch?v=XSEd2BzVfv4

 

https://www.youtube.com/watch?v=VLCBRz9mUjo

 

 

実は、その頃、「埼玉会館」にそのバンドのライヴを観に行っている。

確か、オープニング・アクトは「安全バンド」か「四人囃子」だったろうか。

 

当時は、ステージの装飾はほとんどなく、ステージに楽器とアンプが置いてあるだけのいたってシンプルなものだった。

彼らの演奏に変な飾りはいらないのだ。

 

あの「Shadows of Lost Days」も生で聞くことができた。

ジョーの音域と声量を肌で感じることができて、最高に幸せだった。

高音がファルセットにならずに迫力のある声で出せるというのが何よりも「すげえ!」と思った。

 

和田ジョージのドラムは全体的に低位置にセッティングされているのが特徴的であり、そこから繰り出されるリズムもドラムソロもかっこよく、石間秀樹のギターも巧くて媚びることのない安定した音色と演奏を聞かせてくれた。

 

 

 

 

バンドが解散されるとジョーはソロ活動を始めるが、ソロのステージも一度だけ観ていたような気がする(この記憶は不確か)。

でも、彼の嗜好がいつしかレゲエに傾倒していくにつれ、彼に対する興味は段々失われていった。

 

 



 

ジョーは、その後、肺がんで亡くなってしまうのだが、FLOWER TRAVELLIN’BANDがほぼオリジナルメンバーで再結成されたのは、最近、You Tubeで知った。

 

もっと、早く知っていれば、きっとまた聴きに行っていたに違いない。

それが叶わなかったのが残念でならない。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=GvWN3XMCne8