前回のArena Homme+ Koreaの自分のブログも私が読みたくなっちゃったので貼りつけます。
即行買いました。ポチりました。
じぇびさんグラビアオファーが続くね。衣装や髪型変えるだけでも激変するし、表情だけでもコロコロ変えれちゃう魅力の塊の人だから、そっち方面の人達にきっと好かれるんでしょ、そうでしょ。じぇびさん撮ると撮れ高が良さそう。わかるー。私もプールに沈めて撮ってみたい←
@じぇびスタ


@wehappenings


🌜ぷかぷか飛び回って!

🌴高度な技術で可能なこと
プールにシャワーに…ひたすら濡らしたがるArena Korea様ありがとうございます。
じぇびスタ(今は削除)
@じぇびスタ

割れてる😮
昨日かな?一昨日かな?じにょんくんのグラビアがツイに流れててあんなに露出控えめなじにょんくんのお肌がかなり出ててびっくりしたんだけど、もっとバッキバキの腹筋のイメージだったのにちょっとぽよぽよしてて可愛かった…のも束の間!じぇびさんが割れてるって何事!?ひっそり鍛えてたんだね。推しなのに割れてることに驚いちゃってごめんねじぇびさん。もしやフォトショ?線書いたんかなとか思ってごめんね←
インタビューTwitterより拝借して。買ったから待とうかと悩んだけど見てしまったので。
一からまた始めよう。JAY Bはそう思った。GOT7のリーダーはJYPを去りグループを続けていくことを宣言し、ソロミュージシャンとしてデビューを準備しながら、ミックステープを出し展示会をするアーティストDef.としての活動も続けていく予定だ。さらに自由になりより強くなったJAY Bと出会い、勇気と憂鬱と文学と熱望についてプールで交わした話。

一人で来たんですか?
はい。タクシーに乗って来ました。JYPにいた時も自由に通うタイプだったけど、仕事する時もこうして一人で通うから新鮮ですね。
メンバー達みんなJYPから独立すると同時にGOT7として共に活動するとしたでしょう。リーダーとして決断が必要でしたよね?
JYPから離れることになったけど、みんなGOT7は続けたがっていました。みんな一緒に出て僕たちだけでやってみようって意見が集まりました。僕が犠牲を覚悟で進行して作ったのがこの前発売したシングル「Encore」です。新しいレコード会社と全ての過程に直接参加しました。反応がよくて嬉しかったんですよ。未熟な点もありましたが、これまでと違った歩みをお見せできた事で胸がいっぱいになりました。今回のシングルを通じて「僕たちは解散しないんだ」という事をお見せできたから次がもっと重要でしょう。JYPを出るときジョンウク理事が「リーダーとしての役割はこれからだ」とおっしゃってくださいました。実感しています。

アルバム一つ出る過程が
どうなっているのかどれだけ大変なのか
ひとつひとつ知りたかったのです。
一からまた始めようという気持ちです
リーダーとしての役割はむしろこれからだ
以前はリーダーの立場が負担に感じるときもありましたが、今は責任感がより大きくなりました。各自の道を応援しながら再び団結するときは僕が前に出なくてはいけないと思いました。グループチャットでもよく話します。この前ジャクソンが中国へ行ったんですよ。マークがアメリカへ行くときは見送ったけど、ジャクソンが行くときはスケジュールのため一緒にいることができなかったんです。だからバイバイ 見送りできなくてごめんねと言って、ありがとうって言ってました。そう、気をつけてなって。
長年所属した大手事務所を離れたきっかけは何ですか?
GOT7で活動しながらふいにこう思いました。僕が受けてる全ての恩恵を当たり前だと思ってるんじゃないか。スケジュールが出ればそのままやって、最終確認してくれと言われたらするんですがこれが僕のところへ来るまでにどんな多くの過程を経たのだろうか。誰が要請してどのように進行されるのか僕のところに来るまで僕はなぜ待ってるだけでただ眺めるだけなのか?仕事のプロセスに直接参加したかったんです。曲ひとつ、アルバムひとつが出る過程がどうなっているのか、どれだけ大変なことなのか、ひとつひとつ知るべきだと思いました。謙遜して一からまた始めようという気持ちです。

勇気が必要ではなかったですか?
必要でしたよ。怖くもあったし。僕の位置はここまで上がっているのに実際に僕の知識はというとあそこまでしかないというような。会社を出たらその差がとても大きく迫ってくるんじゃないかと怖くもありました。だけどJYPにそのまま居続けたならもっと恐ろしかったでしょう。その差がますます大きく広がるだろうから。本当の僕の姿はここにあるからより早く挑戦しよう、そう思いました。
JAY Bとしても、ミックステープを出したり写真展を開くDef.としても新しいことをしようという意欲に満ちている状態だろう。
焦らずひとつひとつ研究しながらきちんと積み重ねていきたいです。JAY BはJAY Bのまま大衆性のあるHIP-HOP R&Bをお見せして、Def.としてはDef.のままやりたい活動をお見せします。ミックステープを発売することも写真展を開くこともできるし、違う分野のフィクションをお見せすることもできるでしょう。Def.は僕が練習生になる前に使っていたB-BOYネームなんですが、漂う空気のようなものです。

ハウスやソウルになったかと思えばアコースティックやモダンロックになることもできて。ある意味Def.が"メインキャラクター"に近いけど、デビューしたのはJAY Bだから、JAY Bとしても忠実な姿をお見せします。やるべきこともやりたいことも自由にできる人になりたいんです。
既存の発売したミックステープを聞いてミュージシャンD'Angelo、Ray Charlesを好きだという趣向を聞くと、アメリカ南部のR&B、ソウルミュージックについて愛着があるように見えます。
とても好きです。そこが起源のHIP-HOP文化そのものが好きです。その文化の中にはDJ-ingもGraffitiもB-Boyingもあります。最初の始まりがB-BOYだったから、一緒にB-Boyingしてたクルーのひょん達と昔の映像を調べて、文化を勉強して、ダンスの動作1つもどんな意味を持って始まったのか研究して魅了されました。最も魅惑されたポイントは彼らが持つこだわりでした。彼らが持つ文化に対するこだわりと信念に敬意を持ちました。

今もあなたの音楽とダンスにそのムードが染み込んでいますか?
はい。例えば僕は振付はダンスだと思いません。ダンスは音楽が流れてきて、そのリズムがよくて、口ずさむように頭を縦に振って、体を動かすことだと思います。ダンスは 楽しくやる自由な行為だと思うんですよ。
B-BOYで始めてからアイドルグループの道を選んだ理由は?
ダンスだけじゃなく音楽にも興味が湧いたんです。幼い頃、D'Angeloの音楽を聴いてそんな風に歌う人になりたかったです。だけど初めJYPに入ったときは反抗的でした。アハハ。1ヶ月間練習生を停止にされたこともありました。僕は確かに挨拶をしたのにしなかったと言い「意地を張るなら家へ帰れ」と言われ、幼心に「じゃあ家に帰ります」と言って出てきました。そして久しぶりにB-Boyingクルーと会ったんだけど、たった数ヶ月の間に違う世界になっていたんです。

みんなはあの上にいるのに僕一人だけ遠いところにいる感じがして悩みました。B-BOYに戻るか?練習生を続けるか?結局僕の選択にベストを尽くしたくて歌手の道を行くことにしました。音楽をしたかったから、後悔のない選択でした。
ダンスで始めて最終的にメインボーカルを務めましたね。その時あなたにとって音楽はどんなものだったんですか?
挑戦でした。練習生は歌とダンスで分けられます。僕はダンスで入ってきましたが、やりたかったことはダンスを踊ることだけじゃなく歌手でした。ところが僕をダンスでしか分けないので、その偏見をぶち壊そうとさらに頑張って歌いました。数多くの挫折もしましたし。歌はいまだに挫折しています。ハハハ。音楽は絶え間ない研究です。今はもう勉強というよりは研究ですよ。
「僕たちは解散しないんだ」と見せたから、大事なのはその次… ほんとそうだね。負担に感じてた時もあったリーダーの役目だけど、じにょんくんに押し付けようとしてたけど(笑)今のじぇびさんの話を聞いてるとリーダーとして前向きなみなぎる何かがあってすごくよい状態なのかなぁと嬉しくなる。
つづく。






