変化というか、コミュ障な自分をやっとはっきり自覚しただけかもしれないのですが。そして補足にしては長いしこっちの方が本題かもしれない(笑)
私はおそらく「親戚たちが好きだし親しくしたいし興味があると思っている」、と思っていました。でもそうでもないことに今さら気が付きました。
もちろんみんなとても良くしてくれるし、「いつでも遊びに来てね!」と言ってくれるし(これは台湾の人の常套句でもあるらしいのですが。以前、中国大陸の人に「遊びに来てね!」と言ったら「台湾の人はみなそう言うよね~」と言われました(笑))、私が親しく付き合いたい気持ちから行動を起こせば自然とそれなりの反応するだろうし。まあなんというか、人付き合いで仲良くしたい態度を取る等々は世界どこでも自然なことですよね。
なんだか私は子どものころからそれを真に受けてというか、自分の性質をあまり自覚していなかったのもあるし、無意識にそのテンションに合わせようとしていたような気がするのです。言ってみれば社交辞令のようなものなのにね。
社交好きではない自分は人としてどうなんだろうなんて心のどこかで思っていました。いつだか、母とその母方のおばに会いに行ったのですが、「おばさんとよくこんなに親しく会話がはずむなあ」なんて思いました(笑)記憶では母がその人に会いに行ったのはその一度きりですし昔何があったというわけでもありません。私はおばという存在の人と小一時間会話なんて日本語でもできません(笑)
私には年の近いいとこも何人かいて、一歳下の女子(一児の母)や、お兄さん(40代)も、とてもユーモアがあっていつもさりげなく気配りしてくれて、いとこじゃなかったら付き合いたいくらいor彼氏が欲しい人がいたらおすすめしたいくらい素敵な人なんですが(笑)心理的に親しくメールのやりとりとかしたいとか、そういうわけじゃない。でも、なぜか脳内に理想という名の幻想があって、その理想のように親しく楽しくできない自分をどこか卑下していました。
でもそんなのそもそも幻想だし、そんな必要もない、単に私が心地よいようにしていればいいだけなのにって思えるようになりました。別に人に興味なくてやりとりめんどくさくていいんじゃんってやっと自覚できるようになった気がするのです。それでもクセで、「あーーー私これでよかったのかな」なんて思っちゃうことしょっちゅうです。スキーのインストラクターさんに対してすら、会話弾まなくてすみませんとか思っちゃう(笑)
なんか私、人間のくせに人間と関わることにあまり興味ないみたいなのです。
旦那さんは大好きだけど別に私のすべてを知ってくれ!とか思わないし、私も旦那さんのすべてを知りたいわけでもない。勝手に話してくれる分にはいいですけど。一緒にいてくれるだけで充分。(でも旦那さんはそうでもないようなので考えなきゃなーなんて思うのですが)
テレビ見るときも、人間関係のあれやこれやがテーマのドラマは全然興味がなくて(『渡る世間は鬼ばかり』とかよくわからない)、何かに向かっていく人のドラマとか単に笑えるドラマとかなら見る気になります。あとは世界ふしぎ発見とか(笑)最近ハマってるのは『驚き!地球!グレートネイチャー』っていうNHK BSプレミアムの番組。極寒の山頂とか、活火山の火口とか、アマゾン川の源流とか、南アフリカ共和国のとある山にかかる面白い形の雲とか(笑)この間は崩落の危険がある岩塩の洞窟の中に入って、岩塩の地層が織りなす美しい模様を見せてくれましたw