(再掲)自閉症スペクトラムはグラデーションだと思う | 順其自然

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興味があるのは新しい時代の子育て・教育、中医学、資産運用などなど。趣味はスキー。釣りもやりたい。本業は中国語翻訳(雇われ)。海外からの留学生のホストファミリー経験あり。自由な人生を追求してます。

(2016年6月24日追記)さっきヤフーニュースを眺めていたら、こんなニュースを見つけた。明確な境ない自閉症と健常者 2016年6月23日22時10分掲載
私はなんとなくそう思って下のようなブログを書いたけど、やっぱりそうだったのね!グラデーションとか、使っている言葉まで同じでなんかうれしい。(笑)
ここから下は去年の8月に書いたブログ記事です。




20歳以前の自分に、22,3歳頃以降はけっこう幸せだから、それまではめげずに適当にやり過ごせって言いたい。
↑めげずに頑張れ、ではない(笑)

姪っ子15歳を見てると、部活で友達やら先輩やら色々話に出てきて、私の暗黒の青春時代とは大違いで眩しいw

思い返すと、私は大人になる前まで他人のことがあまり感じとれていなかったようなのです。コミュニケーションを取ろうという意欲が薄いというか。まあ今でもそういう傾向は消せません。人との距離をいつも測りかねています。人に興味が持てないのと、人の気持ちがなかなか分からないみたいです。

反対に、勉強はたいして頑張らなくてもはっきり言ってすごく良くできたし(というか学問って面白いと思えた)、本を読むのは大好きでした。

でも、勉強なんかできなくていいから、人気者で性格のいいあの子が心底うらやましかった。

もしかして自分はADHDだったのかなって去年初めて思い当たりました。なんか生まれてきた世界に適応することや、「まとも」に振る舞えるようになることが、周りの人たちより時間もかかってすごく大変だった気がしてしまう。本当は意外とたくさんの人が自分もそうだと感じているのかもしれませんが。でもまあ私はどっちでもいいや。生きていければいいので。

保育園であまり空気読めなくて、突然数人が遊んでるところに「入れて」と言って嫌がられたり。

小学校に上がってもそれはあまり治らず、他にも積極性がないとか色々心配したらしい母に、3,4年生頃、無理やりガールスカウトに入れられました。私は「えー(´・_・`)興味ない」って言ったのに、「そういう消極的なところがいけないのよ」と怒り出したので仕方なく(笑)
母は同級生のお母さんに、「娘をガールスカウトに入れたら娘が積極的になった」などと聞いたようです。

キャンプでの焼きそば作りでは、何をしたらいいのか分からず(なぜか、キャンプ中に焼きそば作りがあることも知らず、とりあえず言われたもの持って来てみた、みたいな感じだったので…)、ついつい材料のそばをつまみ食いしたら女子たちにヒンシュクかった(当たり前!笑)。

いや、料理は好きなんですよ。でも集団だと軽くパニクっちゃうんです。その場でコミュニケーションを取りながら進める、というのはその当時の私には無理です(今でもそういうの苦手です)。知らない子ばかりでしたし。

でも、ガールスカウトって子どもの社会性とかコミュニケーション能力を育む場らしいですね(^_^;)入ったばかりなら知らない子ばかりなのは当たり前のはずですが、その子たちとコミュニケーションを取るという考えが完全に欠落していました。本当に思いつかなかったのです。そもそも翌日の予定について母と話したりしなかったのかも、今思えば謎ですね。私はガールスカウト的には真っ先に落第(笑)だったはずです。

そんなわけでガールスカウトには、せっかくの土日にめんどくさいな~と思いつつ、仕方なくボーッと行ってただけで、何をしてたのかあまり記憶がありません。キャンプと茶道体験と屋外でのカレー作りがあったということだけは覚えていますが、周りにどんな人がいたとか、誰かとおしゃべりをしたとかの記憶もありません。必要最低限の会話しかしなかったのかな…?なんせ気の進まない習い事でしたから、本当に魂をどこかに置いてやり過ごしていた気がします(笑)

しばらくして、いつの間にかガールスカウトには行かなくてもよいことになり(母から向いてないと判断されたのか?笑)心底ホッとしました。私にやらせても時間とお金の無駄でしたね(笑)

ピアノは自分で望んで楽しく習いに行ってたんですけどね。個人でできる点が良かったのかな?

あとは、小学校で、仲良くしてたはずのグループからいつの間にか抜けている、ということが毎年ありました。(いじめとか仲間外れというよりは、気が付いたら一緒に遊ばなくなったという感じ)ちょっと寂しいけどまいっか、という感じでした。

今思えば私のマイペースぶりにやりづらいと思われたのかもしれません。遊びたいときは遊ぶけど、本読みたい日は本読む、てな感じが、大人なら問題ないですけど、連れションするような小学生女子には受け入れ難かったのかもしれません。実際、「あなた嫌われてるよ」と面と向かって言われたこともありました(笑)へこみましたけど、だからってどうしたらいいかも分かんないし、放置してました。まあ別に問題もありませんでした。

あ、授業で任意の二人組になって、と言われたときに、相手がいなかったことがあるぐらい。

家では、家族の食卓で本を読みながら晩ご飯食べようとして怒られたり(そりゃそうだ!笑)。

あとは、私に対して母の意図するところが本当に理解できていませんでした。「時間ないよ!」と言われて、「え、いや、時間って無限じゃない?」と哲学問答みたいなことを本気で思っていたのです(笑)「◯◯するまでに時間があと◯分しかないよ!」と言われたら、あるいは分かったかもしれないとは思うのですが(笑)なんでそんなに言葉通りに受け取っていたのか自分でも謎です。

小学校一年生のときは、校庭のとある遊具にハマりすぎて、暗くなるまで、手のひらのマメが潰れてもひたすら、しかも一人で遊んでいたのですが、心配のあまり迎えに来た母に怒られました。(今思うと異常な集中力というか凝り性というか…今でも好きなことへのハマりっぷりは同じような感じです。一人でスキーをした日、昼ご飯食べるのを忘れて滑ってたりw)

でもその当時は何で母が怒っているのか、心配という感情も全く理解できず、単にその遊具で長く遊ぶと怒られるということぐらいしか理解できませんでした。「また怒られるかなー…でもどうしてもやりたい!」と思って我慢できず、なぜ早く帰らなきゃいけないのかも理解できず、結局同じことを繰り返していました。年齢が低かったからそもそも理解できなかったのか、人の意図や気持ちを理解する能力が年齢に比して低かったからなのかは分かりません。

あ、でも大学生になったら飲み会で帰り遅くなるって電話してもしなくても怒られましたね(笑)

(実は今でも、旦那さんが連絡なしで遅くなってもあまり心配しないので、生まれつき楽観的なのかも?(笑))

あと、小学校六年生の時かな?行きつけの近所の本屋さんで立ち読みしてたら母が怒りながら探しに来てくれて、ピアノのレッスンに何とか間に合いました(笑)(車で一時間くらいのところへ母が送り迎えしてくれていた(^_^;)教育熱心だったのです。)

その日はピアノのレッスンがあるのをすっかり忘れていたのか、出発まで時間がまだあるからと油断してたら本に夢中になって時間を忘れたか、どっちかです。母にも「自分の予定もちゃんとできないなんてダメ人間」みたいなことをさんざん言われましたが、私も、11歳にもなってこれって、と自分のダメさに心底へこみました…。いや、今思えば別にへこまなくても、って思えますけど。

高校生か中学生のときは、小学校の同窓会に行ったにも関わらず元同級生と話さずに、気が向いたからって持参の本を読もうとしたり(…おぃ…)。

もちろん運動部なんか入る気にならず、待ち時間の間座って本が読めるから、と図書委員なるものをしていました。

人とうまく関われた方が現実面で多少得するというか、やりやすいことが多いんじゃないかとは思いますけどね。大学ならノート貸してもらえるとか、出欠の返事を代行してくれるとか、教授と仲良くなって色々教えてもらえるとか(笑)そうやって損得で考えるからいけないんでしょうけど(笑)

大学でも苦労しましたよ。ええ。勉強じゃなくて人との関わり方で。
集団行動が苦手だったのに、体育会的なノリに憧れて何をとち狂ったか、とある部活に入ってしまいました。まあそれはそれでいい経験だったのですが。ちょっと古風な飲み会の習慣を知ったとかね(笑)でも、部活で誰かと親しくなったという感覚は結局持てませんでした。なんだか、誰もが透明な膜の向こうにいるような感じでした。それなのに、それほど親しいわけでもない部活の同期に、夜中にたわいない携帯メールをしたりして、かなり迷惑だっただろうなー(汗)クラスメイトも話しかけてくれたはずなのですが、もはや自ら進んで一人で過ごすようになっていました。でも、モテる子がうらやましかったなー(笑)

なんとなーく自分のペースが分かってきたのは、別の大学に編入した、22歳頃からです。人とは、別にキャッキャつるんでなくても、ゆるく自分のペースで付き合えばいいのだ、ってやっと分かったのです。はぁぁ。

自閉症スペクトラムって言葉がありますけど、そのように「診断」される人とされない人の違いって、実は明確な境界線はないと思います。

人の個性のグラデーションに過ぎないのです。何かの傾向が濃いか薄いか、みたいな。

ちなみに、自閉症スペクトラムという病気自体が捏造されたものだという説もあります。

ただ、今の時代みたいに「診断」してもらえれば、「うちの子のこんなところやあんなところが心配」とひたすら「矯正」しようと的外れな努力をされてお互いにストレスためるよりは、「あ、そういう子なのね」と適切な対策を取ってもらえてお互い楽だっただろうな、とは思う。薬は嫌ですが。

そんな私でも、私の対極みたいな超!人間関係の操作のうまい旦那さんが「おまえ面白いしかわいいw」と言ってくれるし、お父さんお母さんも、ぼーっとしてるけどいい子だしなんて思ってくれているので(たぶん。笑)って結局のろけですみません。私が人に関心が薄い分、人に対してあーしろこーしろとかあまり思わないし、余程のことでないと怒ることもないから一緒にいて気楽なのかな?

まあ親にこうしてほしかったとか思っても仕方ないんですが、「ま、こういう子なのね~」と思って受け流してほしかったです(笑)たいていの問題(に見えるもの)って、心配するのではなく受け入れれば解決、というか存在すらしていなかったことが分かるのでは?

なぜなら、幸せになるのに別に私の何かを変える必要はなかったから。というか、自分でも変えようとしてもがいていたけど変えられずに、仕方なくそのまま来たけどそれで結果オーライだった。今までの苦労は何だったのさ?!と少し腹立たしい(笑)

って私も自分の子どもに対してそう思えるか分かりませんけどね…(笑)

まあ母は私のためを思ってものすごく頑張ってくれていたんでしょうけどね。あとは嫁いできて認められようと必死だったとかね。私もやっぱり今ついうっかり頑張っちゃいますもん(これでも。笑)