14時46分、気が付いたら過ぎてました。
いけませんね
続きです。最後にせねば…。
東京駅の八重洲口に着いて、先ずは運行状況の確認。JRは、やはり今日は全線不通。
明日は始発から運行予定とのこと。
普通の電車事故とは違うことが分かっているからか、駅員さんに問い詰めてる人は誰も無く、ただ改札口の前に静かに立っている人が殆んどでした。どうしたら良いか考えているのでしょうか。
東京駅は、通勤に利用する人だけでは無く、東京駅から旅に出る人、反対に旅から戻って家路につこうという人が大勢います。旅行鞄やキャリーバッグを持った人がとにかく多い。そういう人達が疲れきった顔で、通路や階段に座り込んでいました。
私達は、その人達を横目に「自分達はここに居る人達よりも幸運なんだから、頑張らないと」と思いながら飲食街へ。でもシャッターを閉めたお店が多く、開いているお店にも長蛇の列が…。マクドナルドが早々に閉まっていたのには驚きでした。
売り切れたのか、店員の事を考えたのかは分かりませんが4時に閉店の貼り紙が。
私達は何とか見つけた喫茶店に並びました。サンドイッチでも、ケーキでもいいからお腹に少しでも貯まるモノが食べられれば、と思い一時間ちょっとは並んだでしょうか。何と!パスタセットが食べられるとの事、驚きでした
ミートソースのパスタにサラダとスープと飲み物まで付いたセットでした。
「男どもは根性が無いね!一緒に来れば良かったのに~」試しに携帯で連絡しようとしましたが圏外。今からすると信じられない事ですが、5年前は地下だと繋がらない場所が結構有ったんですよね!
運が無かったと諦めてくれ❗
まだまだ並んでいる人達も多かったので、さっさと食事を済ませましたが、私達が食べ終わる頃にはケーキしか残っていないという状態に。十分な食事にありつけた事に感謝して、職場に戻りました。
途中、駅の中は、トイレと公衆電話に大行列。他のビルもトイレと使っていないフロアを解放すればいいのに…と思いながら自社の入っているビルに近づいた時に、地下連絡通路に微かに聞こえた放送が…
『東京湾に津波警報が発令しました。地下街に居る方々は、地上に出て皇居広場へ避難してください!』
津波?ここに!?
足を止めて様子を伺っていましたが、騒ぐ人の気配も無く、職場に戻って確認した方が確実!とビルに入ると、既にエレベーターが動いて使用可能になっていました。
職場に戻って確認すると、東京に津波の情報は全く無く、誤報というのも後日分かり、ああいう緊張時に誤報はやめて欲しい。おまけに誤報は私達のビルに繋がっている連絡通路にあっただけで、逆に良かったというか…駅で誤報だったら、大騒ぎ所の騒ぎでは済まなかったかと。地上に出る階段で将棋倒しで怪我人、下手すると死人も出たんじゃ無いかと不安が過りました。
お腹の不安が遠退くと、後はネットで情報を拾うのと、余震に怯えながら時間が過ぎるのを待つだけでした。
会議室が休息場所に決められ、防災担当者が準備してくれたビニールシートと段ボールを床に敷いて、0時近くにダウンコートを掛けて横になりましたが、眠れる訳もなく…。
暫く横になってましたが、どこかの部署の馬鹿親父が酔っぱらって女性用の休息室に入ってきて横に寝転がって来たので「ふざけるな!」と怒鳴って蹴飛ばしてやったら騒ぎに。お酒で空腹や気分をまぎらわすなんて、こんな状況とはいえ、非常識も甚だしい❗
ここでも、男の情けなさが目立ちます。
女性側の部屋の手前にパーティションを置いて貰い、一安心。
でも結局落ち着かず、自分の席に戻ってネットを見ていたら、地下鉄が動き出したとの情報が…。確実に動き出したのを確認して、日本橋の地下鉄駅へ行ってみました。朝になってJRも動き出したら、一斉に人が動き出して大変になると思ったのと、地下鉄は地震への耐震が強いのが分かっていたのもあり、行ってみました。
ところが、非常時の為に普段開いている入口にシャッターが降りているのです。ご存知の方も多いと思いますが、地下鉄の駅は大きくなる程、出入口が多く、こんな所に?と思うような場所に階段が有るのですが、逆にそれが普段、普通に利用している出入口が閉まっていると、他の出入口が何処にあるのかサッパリ分からなくなるのです。
また自分が居たビルに戻って地下鉄の地図を確認。何ヵ所か出入口をガラケーカメラに撮って再出発。中央に近い出入口に行こうとするとかなり遠回りに。それでも深夜のオフィスビル街を独りで歩くのに、かなりの緊張感が要りました。
大手町のある東京千代田区は、都内で住民が一番少ない区なので、深夜の人口が昼間と極端に違うのと、災害があった夜なので余計に人がいない気がしました。誰とも出会わない、車が通らない、映画でしか見たことの無い、この世に自分しかいない様な感じがして、駅に着いた時に駅員さんの顔を見た時にホッとしたのを覚えています
運転し始めたとはいえ、本数が物凄く少ないので、かなり待ちました。その間、何度揺れたか。太い柱に貼り付くように待ち続けました。
一時間近く待ったでしょうか。パンプスでオフィス街を歩き回り、冷たいホームの上に立っていると身体は既にクタクタで、気力で電車を待っていたように思えます。
でも、ホームには数人でも同じ環境の人が居たのと、駅員さんの構内放送があったので、支えられていたように思えました。
やっと来た地下鉄に乗り込み、空いていたので座れた事と、電車の中の暖かさに一安心して、乗り換えの駅を目指して行きました。
乗り換えた駅は先ほどとはうって変わって人で溢れていました。そのため、2本ほど見送ってやっと乗る事ができました。後は自宅の最寄り駅を通る私鉄に乗り換えれば家に帰れる、そう思いながら自宅の最寄り駅に着いた時には、朝の7時を過ぎていました。
それでも、夜中のオフィス街にさ迷い出て4時間弱で帰れたのだから、良し
途中、コンビニに寄ってみたら、サンドイッチが残っていて、これにも感謝でした。
おばちゃんの冒険の1日が、無事に終えられたこともありがたい事です。
東北の悲劇を知るのは、この後の事です。
後は事後の感想として、また後日に。