あの3月11日① | マネchanのぼやき

マネchanのぼやき

おばちゃんの昭和徒然記。
古すぎて思い出すのに時間がかかります。

昭和の回顧録を書くと言っておきながら、間が空きすぎてしまいました。
気が付けば既に3月…。笑い泣き

…あの日から5年も経ったんだ、と今さら考えますが、平成の話し、東日本大震災の自分なりの記憶を綴っておこうかと。

思い出したくない、この話しはウンザリと言う方は、お止めください。
ただ、私自身、東京で被災したので津波や原発被害を受けられた方々の痛みは口に出す資格も有りませんので此処には書けません。
あくまでも、東京での体験談です。


3月11日、私は東京の大手町が勤務先でした。企業や官公庁が多く集まる場所です。
その中の古い集合ビル、14階建ての11階で仕事をしていました。

14時46分びっくり過去に経験した事のある揺れから始まり「あ、地震」と軽く考えていましたが、揺れが治まりません。それどころか揺れは続く一方。
机の上のパソコンが倒れそうだったので両手で支えていました。机の下はファイルや資料が一杯で潜り込めませんでした。えーん
その上、揺れは酷くなるばかりで、机の引き出しが飛び出してきたので、足で押さえました。上半身はパソコンを抱え、下半身は右を向いて引き出しを押さえ、私なりに必死でした。すると、支えが緩んでいたと思われる大きなキャビネットがガーン❗と言う音と共に倒れて、誰かの叫び声が聞こえました。
「これ東京直下型地震?今、来た?私、ここで死ぬの??」とさえ思い始めました。ガーン

後で調べて分かった事ですが、関東大震災以降、最も揺れが長く続いた地震だったそうです。


続く…