大動脈解離④ | 介護と私とColosseo(ヒーリングと石鹸の家)

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子ども二人。孫三人。
夫は5年半の闘病の末2024年4月に他界。
色々大変なこともあるけど
地球を大切に、自然と共に、大地を癒し、穏やかに生きていけるように。
日々の記録を残してます。

発症、手術から10日。あっという間に10日です。





この記事は、私の備忘録的なものなので、興味のないかたは戻ってくださいね。





手術が終わり、医師から「明日またお話しますので、13時に来てください」と言われ、私と娘は家に帰り、入院の為の書類記入や、荷物を用意して、その日は寝ました。


いつ何があるかわからないので、休める時はサッと休むのが大事!




翌日、お昼過ぎにICUへ。


旦那は麻酔が覚めて、人工呼吸器が外されて酸素マスクをしていました。
輸血はもうしていません。


「おーい」と顔を覗くと「あぁ・・」と気づきました。
私のことが認識できているようで、一安心。
手足も動いているので、麻痺は無さそうです。


麻酔がまだ残っていたので、喋りにくそうでしたが、なんとか会話はできるみたい。


《 私が「大変やったね」と言った後に
「あること」を言ったら、なんと!旦那はオイオイと泣き出したんです。

その「あること」を書くと、とても長くなるので今日は書きませんが、そのうちね、残すかもしれません 
》




医師からは、今は問題無く順調ですよ、と言ってもらえたので、30分ほどで一旦帰宅。
夜にバイトあがりの娘ともう一度面会に。


お昼よりだいぶハッキリ話せるようになっていました。



そして、驚いたことに看護師さんが
「明日は立ってもらう予定です。食事も明日から出ますからね。」


えーーーっ!この状況で立てるの?

と驚愕でしたが、リハビリは早く始めた方が良いらしいんです。

1週間位動かれへんのかと思ってた・・・
あぁ・・そうなんや。
まぁ、いいですけど。



と思いながら帰宅。




翌日の夜、面会に行ったら、旦那はベッドを起こして、自分でご飯をたべていました。


お米はお粥ですが、魚の煮付けや、温野菜等、おかずもしっかり。それを自分で普通に食べてました。


手術後、一回目の食事は、おくらのごま和え、シシャモ、パイン。

お昼はハンバーグ。



「大丈夫なん?!」

「俺もビックリしたわ」

ドレーンから、まだ血っぽいのが出ているし、首にも管がついているのに、医師曰く「お腹はさわってないから大丈夫です。」




ご飯を食べられるので、点滴も翌日外れました。




ICUには5日滞在。

入院6日目にドレーンや首の管も外れ、一般病棟個室へ移動しました。


一般病棟に移ってすぐ、旦那は一人で歩いてシャワーへ。頭まで自分で洗って出てきました。



6日前に大手術して、生死をさ迷ってたのに。。。。



「今の医学ってすごいんやなぁ」、って感じつつ、
「いくらなんでも動き過ぎちゃう?」という不安もありましたが





発症、手術から10日目の今日。

旦那は四人部屋に移り、ゆっくり休んではります。





明日、明後日は病院のまわりの地区が「だんぢり」のピーク。道路事情がややこしそうだし、私も一旦休みたいので、面会はお休みしようかな。