すべてが愛されたい子供 | かんじるココロケア あまのこころ

 

 

内なる小さな子供をほっておかないことだ。

 

すべてが愛されたい子供。

 

一目置かれたい、認めてもらいた、愛されたい。

 

批判や否定ですら、気付いてもらいたい、わかってもらいたい、

= 愛されたい で出来ている。

 

 

嫌うことでそこから離れるのも手段なのだけど、それは一時避難のようなものであって、避ける=分離では解消はされないのだよね。

 

なんどもなんども繰り返しながら、そのタイミングがきたとき、許す。

 

それによって許されるのは、特定の誰かや何かではなくて、

そのパターン自体が許されるの。

 

以前は一人でいるときの自分が“本当の自分”とおもっていたけれど、それもあらゆるシチュエーションに応じて出力される自我に過ぎなくて、多面体のひとつの側面。

 

あらゆる自我とは、愛されたい子供だ。

 

その多面体が、なめらかな球体になったとき、どのシチュエーションにおいても変わらないおんなじ自我?が現れるのだと思うのと、どこかでそんなことを聞いた気がする。

 

 

 

かんじるココロケア あまのこころ 

http://cocoronowa.jimdo.com/