伊吹法 (呼吸による宇宙の神化) | 瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

 “‥‥‥我が禊祓は、宇宙観の罪穢の一切を祓って無くするのが目的であります。外の宗教にも禊祓はありますが、それは自分だけの事であります。自分の一身だけ、或ひは其の場所だけを祓ふのみであります。然しそれでは罪穢は他人に移り、或ひは他の場所へ転ずるだけであります。日本のは元々個人主義でないから、我と宇宙と一体といふ事が根本になって、宇宙万有悉くを神化させるのであります。之が禊祓の目的であります。

 禊祓の根本原理は、全て霊魂観から出るのであります。霊魂は宇宙万有を包攝して、一体なるものであります。諸外国の思想では、精神と肉体とすら別々のものに説いて居りますが、これは同じ一つの霊魂が発現して精神ともなり、肉体ともなるので、全く一体のものであります。その様に、我と彼、我と万物とも一体でありまして、此の全一々体の統一作用が直日であり、大直日であります。禊祓は畢竟、直日の働きを喚起し、旺盛にして、全体の統一調和に帰することでありますから、宇宙全体の浄化善化になるのであります。霊魂は全宇宙を蔽ふと共に、如何に微細なものでも漏らすことはないので、禊祓は宇宙万有が之を実行してゐる所の宇宙の浄化法であります。我々人間も刻々に之を実行せねばならぬので、大祓の四柱の神は、実は我々の身体の中にも在(おは)すのであります。

 四柱の神がお互ひの身体の中にあると云ふのは、ひと口に云へば呼吸法であります。伊吹(いぶき)は又伊吸(いすひ)でもあります。伊吹伊吸は呼吸法であります。ご承知の通り呼吸法は支那、印度、西洋何處にもあり、近年は何々式呼吸法等云ふものも流行して来、又禅の方でも行ひます。然しそう云ふ他のものは全て不完全であります。其れ等は何れも個人的のものでありますが、日本の伊吹は一貫して自分の身体にのみ重きを置いてはゐないのであります。宇宙を神化すると云ふのが、伊吹の一番奥のものであります。其の副産物として自分の身体が良くなるのであります。大祓は一面から云へば伊吹法である。氣吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)と云ふのはそれであります。人間の吉凶禍福、身体の強弱、皆かかって此の伊吹伊吸にあると教へて居るのであります。伊吹伊吸の神儀に於いては、鼻より静かに息を吸ひ込み、神経系統に全身の力を入れれば、神経が鼓動する、それを瀬織津比咩神(せおりつひめのかみ)と云ひ、腹の中に息を吸ひ込んで、堪へらるる限り堪へる處を、速開津比咩神(はやあきつひめのかみ)と云ふ。さうして此の法は、息を口より表に吹き出す。単に口より吹き出すばかりでなく、同時に全身の神経よりも吹き出す。之を氣吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)と申します。其の吹き出した息が発散して開くのを、速佐須良比咩神(はやさすらひめのかみ)と云ふのであります。独り主観的に神ありと云ふのではなく、必ず客観的にも瀬織津比咩神あり、速開津比咩神あり、氣吹戸主神あり、速佐須良比咩神が坐す事は申すまでもありません。それ故、大祓の真髄を体得致しますと、四柱の神は自分の身体にもあることを体験するのであります。又、山にも海にも到る處に祓戸の神がましますのであります。伊邪那岐命の禊祓の御模様を能く体得致しますと、皆其の通りに御示しになって居ります。‥‥‥”

 

(今泉定助・述「大祓講義」(山雅房)より)

*今泉定助先生(1863~1944)は、東京大学(東京帝国大学)古典講習科出身の国学者・国文学者で、皇典講究所、国学院の講師であられ、のちに国学院大学の設立・経営にも尽力され、さらに伊勢神宮を崇敬する団体、神宮奉斎会の会長をも務められた方です。国体研究の権威として、戦前は何人もの政治家たちが教えを受けに行くほどの強い影響力を持っておられたようです(ただし、戦時中は、政府の海外神社政策や軍の政策などを手厳しく批判したため、著書の発禁処分を受けておられます)。大正時代に、神人・川面凡児翁に師事し禊行を実践されることで霊的な世界にも通じられ、単なる知的な理解ではなく、霊的な観点から、神道や日本の国体について解説しておられます。ちなみに、「今武蔵」の異名で知られる武術家、鹿島神流第十八代宗家、國井善弥先生(1894~1966)は、若い頃、今泉先生のところで書生をしておらました。

 

*呼吸法については、ヨガや気功など、様々なやり方があるわけですが、神道においては、単なる個人の身体を健康にし、霊性を高めようとするだけでなく、最終的には「宇宙万有悉くを神化させる」という目的が掲げられているとは、私はこの本を読んで初めて知りました。日本神道の霊性の高さを感じさせてくれる本でした。

 

*出口聖師も、たとえば伝染病は悪霊の仕業であるとして、禊行の重要性について説いておられます。「霊界物語」の音読も、言霊による浄化であって、その意味において禊であると言えます(「霊界物語を読まなければいけない。これを読めば神風おのずから起こって、大本は発展するし、世界も清まってくる」「先ず、心構えが大事や、それには霊界物語をしっかり拝読さしてもらえばよい、それが何よりの潔斎じゃ」)。

 

・麦飯男爵・高木兼寛(東京慈恵会医科大学創設者)

 

 “この禊の行を含めて、彼が宗教に求めた願いは、「宇宙森羅万象からの声(教え)が聴きたい。宇宙からの声をよく了解したい。宇宙からの教えにまじめに従いたい」ということであった。そして、禊の行によって直接、「宇宙の声」を聴くことができたのであるが、さらに彼は、多くの間接的な声も「宇宙の声」として聴いていた。そのなかには、神道もあれば、仏教もあれば、キリスト教も、儒道までも含まれていた。彼によると、その教える宇宙の声はすべて共通で、「キリスト教もお釈迦様も孔子様も皆お友だちで、その趣は同じこと」なのであった。彼にあっては、宇宙にあまねく実在し、唯一なるものの声を聴き、それに従って生きたいというのが最終的なのぞみであった。”(P181~P185)

 

(松田誠「脚気をなくした男 高木兼寛伝」(講談社)より)

 

・合気道開祖・植芝盛平翁

 

 “「合気道とは宇内を悉(ことごと)くみそぎ、森羅万象の罪障、邪気邪念を祓い浄め処理するところの大道なのであります」(『武産合気』)

 このように盛平は合気道を「みそぎ」であると定義している。「みそぎ」と気吹戸主(いぶきどぬし)の神との関係については、

 「呼吸し、息吹きして(略)錬磨して出て来る技が、天地の理に沿うみそぎとなって、祓戸ノ四柱の大神の如く、妙なる荒きみそぎとなって」(『武産合気』)

 と述べている。祓戸ノ四柱の神には、気吹戸主の神の他に、瀬織つひめの神、速(はや)あきつひめの神、速(はや)さすらひめの神がいる。これらは地上に発生した罪や穢れが、流れの速い川(瀬織つひめの神)に流されて海に入り、激しい潮の流れでさらに沖に流される(速開つひめの神)。そして、それが海風により(気吹戸主の神)、異界である根の国、底の国に吹きやられ、どこかには払われてしまう(速さすらひめの神)ということなのである。こうした罪や穢れの浄化のプロセスは、古代においてはゴミなどが川から海に流されることで自然に分解されて、自然の中に帰っていく循環のプロセスからイメージされたものであろうが、盛平の「呼吸し、息吹きして」とあることからすれば、祓戸ノ四柱の中でも特に気吹戸主の神が、合気道における禊の中核となっていることがわかる。気吹戸主の神は「倭姫命世紀(やまとひめのみことせいき)」では大直日の神と同じであるとされている。”

 

(清水豊「古事記と植芝盛平 合気道の神道世界」ビイングネットプレスより)