そんなことで、がっかりしつつ夏タイヤを積んでディーラーから家に戻ってきた。
とい面の御主人が、大量の落ち葉をかき集めていた。
とい面のご夫婦と私は、生活のペースが全く会わず、顔を合わすことはほとんどない。だが、顔を見れば、2人ともきちんと挨拶をしてくる。特に御主人のほう、とても20代とは思えないほど落ち着いた物腰。
話し方も笑い方も穏やかで、一言で表すなら「癒し系の詩人」。
いまどき、こういう若者もいるんやなあ、と驚嘆してしまう。
で、その御主人とも時の挨拶をし、私は取りあえず後部座席から夏タイヤを1本、下ろした。
それを見た御主人は、とっさに「手伝いましょうか」と言ってきた。
だからね、本当にめったに顔すら合わせることのない間柄なのよ。
それに、パッと見、私のほうが「うんと力がありそう」に見えるくらいのきゃしゃな男性なのだ。
それなのに、こういうことをさらりと言ってくる人柄が驚きなのよね。
むしろ、「それじゃあ、お願いします」という勇気は私にはなかった。
タイヤはものすごく格納しにくいスペースに置かねばならないが、そもそも私は「基本、何でも自分でやる」ことが当たり前になってしまっている。
「今日は大丈夫だけど、困ったときは助けてね」と言うのがやっとだった。
「いつでも言ってください」と、御主人は笑った。
何となくうれしくて、何となく気詰まりだったが、後になって、私は大きな勘違いをしていたことに気がついた。
御主人にしてみれば、私は「母親」の年齢なのだ。もしかしたら「祖母」かもしれない。
そんな人がタイヤを運んでいたのだ。
御主人にとってみれば、単に「老人を手助けする」範疇だったに違いない。
この御夫婦は、老人施設関係に勤めていると私は踏んでいる。
そして私も、彼らにとって、支援すべく対象。
…そう考えたら、がっかりしてとても切なくなってきた。
手助けを 頼めぬ自分の 情けなさ
鞠子